被害者の母の録音

 まだ、遺品から温もりを感じます。娘の一花が、亡くなったなんて。まだ受け入れられません。あの時、家を出た時は、まだ笑っていましたからね。主人も、一人娘を失った悲しさに耐えきれずにいます。私も同じです。本当に。

 ごめんなさい。


 私は、一花が入学して間もないころに、彼女から今城さんの話を聞きました。見たくもない。娘は、確かそう言っていたはずです。それで一花は彼の写真をこっそり撮って帰ってきて、私に見せてくれました。富江というホラー漫画はご存じでしょうか。まさに漫画の通りでした。それから二か月が、経ったころでしたかね。次に一花が私に、彼の話をしたのが。その時にはレポートの書き方を彼から教えてもらったって言いましたね。しかも彼は猫を飼っているらしくてね。うちの猫とそっくりらしいです。


 それで、一花が綺麗なネックレスを、付けて帰ってきた日には、私は一花に、彼氏ができたのかなと思いました。それが今城さんであったと知ったときは、心配で仕方がありませんでしたね。でもね。一花は楽しそうだったの。一花も日に日におしゃれになっていて、私はとても嬉しかったのよ。だって、高校までは勉強一筋だった、真面目な子でしたから。だから、本当に嬉しかったの。


 夏休みの中盤だったはずです。今城さんが、我が家に来たのは。夕食を食べに来るってね。主人も、彼の写真を、初めて見た時は驚いていたけど、彼が来るって事前に話した時には、リビングの片づけをしていたのよ。娘に自分の唇を見せないように、ずっと壁のほうを向いて、片づけていましたね。


 それでね。律儀な子でした。今城さんは手土産にクッキーも持ってきてくれました。私と主人がお出迎えをした時には、彼は準備してきたかのように、丁寧なあいさつをしてくれました。その日の夕食は本当に楽しいものでしたね。主人は大学生時代にバンドを組んでいましたから、彼と話が盛り上がっていましたね。一花は音楽に全く興味がなかったから、その時は少しだけ拗ねていたのよ。その日から、今城さんなら安心かな、と思ってしまいました。


 一花は二年になったころから、だんだんと帰りが遅くなってきました。いつも書道と茶道サークルの友達と遊ぶと言って家から出ていきました。その理由で私を心配させたく、なかったからでしょうね。でも、今城さんと会っているって、なんとなく察していました。そして、二年生の冬でした。一花は、雪に濡れたまま、泣きながら、深夜の玄関に座っていたのです。その泣き声が余りにも大きかったから、寝室で寝ていた私と主人は、すぐに玄関に駆け付けました。私は一花を抱きしめてあげたの。一花は、一花は、咳き込めながら、ごめんなさい、ごめんなさいって。どうしたのって聞いたら、悟先輩に嫌われたって言っていたのです。


 それで翌日は土曜日でしたから、私たちは一花から話を聞きました。どうやら、昨晩は悟さんと口喧嘩になったらしいのです。今城さんが人格を二つ持っていることはご存じですよね。はい。たしか、悟さんから、お前は進のことだけが好きなんだろ、って言われたのです。確かに、もう一方の進さんは、悟さんよりも明るい人です。でも、時折に夕食のときに帰ってくる一花は、二人とも面白くて好きだって言っていたのです。また、一花はサークルに行くと嘘をついて、今城さんが住むマンションに通っていたことも告白しました。これは前々から分かっていました。この時、私と主人は、これはよくある色恋沙汰だと思って、しばらくは今城さんと関わるのをやめなさいと言いつけました。要領が悪い子だったけど、良識のある子でしたから、私と主人はその良識に信頼しきっていたのです。今となってはとても後悔しております


 別の日に、私も一花の身を心配して、彼女の体に傷跡などがないか見せてほしいって言ったら、あっさりと見せてくれました。一花の預金口座なども確認しました。そこには傷跡もないし、借金をしていた形跡もないのです。それで、その冬から三年生になるまでの間に、一花は今城さんに会っていません。そのせいか、家族で過ごす時間も増えて、娘を心配していた主人も明るくなっていきました。主人とは買い物に行くこともありましたね。この間なんか、私と一緒にオムライスを作っていたのよ。


 それで、一花が三年になった春ごろのことでした。どうやら今城さんが病気になったから、彼のマンションに住み込みで看病したいと言ったのです。それで医者の診断書も持って帰ってきたから、私たちも同情して、許可を出しました。ただし、その許可と生活費の代わりに、一週間に二回は我が家に帰ってくることを約束させました。そして、一花はその約束を、守ったのでした。亡くなる日まで、一度も破らずに。


 一花の遺品のネックレスは、今も持っています。これは今城さんの、一花へのプレゼントです。私と主人は、今城さんを憎んでいません。一花もきっと同じです。遺書はありませんでしたが、親子だから分かります。それに、彼はまだ若いです。亡くなった一花の人生も送って欲しいです。だから彼には、三人分の人生を、しっかりと、生きてほしいです。彼の父親には、心苦しいお願いですが、彼をもっと、愛してほしいです。私たちが、一花を愛しきれない分まで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る