第9話 失踪
「神楽が戻ってこないな」
小宮サーヤの前で、泉田先生がぽつりとつぶやいた。
「神楽……先輩?」
教室に戻ってきた明莉と男子――高月優也君だっけ――を見ながら、サーヤは疑問を口にした。
「そうだ。サーヤが来る前にトイレに出て行ったきりだ」
「そうなんだ」
うーんと、サーヤは考えているふり。
「私、探して連れ戻してくる!」
「お前に頼むのは気が引けるな」
「どうしてですか?」
「お前は神楽と面識がある。仲がいいだろ?」
泉田が問いかけてきたが、サーヤは気にしてないという返答をした。
「まあ、仲はいいっすね。同じ部活の士として」
「文芸部、だろ? その神楽にどう説明すればいいのか? 顔向けすればいいのか? 困るだろ?」
「別に困らないですよ。状況が変わっただけっていうか、言う事聞かせればいいだけなんで」
「そうか。わかった」
泉田は納得した様子を見せた。
「学園から逃げ出すことはできない。確かにどこかにはいるはずなんだが……。手を出さないで連れ戻してくれ」
「了解!」
サーヤは元気のいい声出してから「すちゃ」っと敬礼し、教室を飛び出した。
誰もいない廊下をサーヤは歩いてゆく。並んでいる教室を眺めると、どこもスレイブに制圧されて縮こまっている。うんうん。なんだかすごく偉くなった感じ。悪い気分じゃない。押し黙っているクラスを脇に、サーヤは廊下を闊歩してゆく。
神楽先輩を探しに出たものの……どこにいるのか見当がつかない――ということはなくて……。予定通り、階段を下りて一階の保健室にたどり着く。別になんの警戒もなくガラリと扉を開けて中に入ると、神楽先輩が机前の椅子に優雅な様子で座っていた。
「遅かったな」
「おひさっ!」
サーヤは、教室でしたのと同じように、こめかみに手を当てて敬礼する。別に敬意とか礼儀でしているんじゃなくて、なんというか私流の親愛のポーズ。挨拶。その敬礼を神楽先輩が気に留める様子は全くない。
「久しぶりではないが」
「いやまあそうなんすけど……」
「教室はどうだ?」
「重苦しいです」
「当然か……」
神楽先輩は軽くふっと笑って、両手を広げた。
「みんな命の危険がありますからね。男の子、明莉の幼馴染の高月優也君……が勇敢でした!」
「高月優也か……。明莉に振りかけるスパイスとしては微妙か」
「そんなに……明莉がいいんですか?」
質問はしたけど、まあこの人が明莉のことをどう考えているのかはわからない。実はそれは私にとってはどうでもよくて、軽い会話も終えたことだし……と、サーヤは本題を切り出した。
「約束、守ってくださいね。私の身の安全と自由ってヤツ。だから情報も逐一漏らしてきたんだし」
あくまでマイルドに笑みを絶やさず、でも確認だけはちゃんととろうと、神楽の目の奥をのぞきこむ。
「心配はしなくていい。ビジネスは信頼で成り立っているというのが持論だ」
神楽は目をそらすこともなく、正面から返答してきた。
「もらった価値の対価は返す。が、お前からの提供物のメインはこれからで、きちんと約束は守ってもらわないとな」
「えー。私、タイヘンじゃん。とはいいつつ、約束はちゃんと守るから、報酬ヨロシク!」
サーヤは、再度、すちゃっと敬礼してから、胸中で「でも」と吐息する。確認は済んだけど、あくまで口約束なわけで……。サーヤが言われた通りに動いたからといって、この男がくれる物をちゃんとくれるかどうかはわからない。
もう一押ししておくのが吉だと思ったのと、緊張に包まれた学園にいて性癖的に昂っていたこともあって、サーヤはベッドの淵に座って足を組む。短めの制服からはみ出した肉感的な太ももを見せつけながら、神楽に向けて流し目を送る。
「味わうのは……明莉だけ? 久しぶりに、楽しむ時間くらいあるでしょ」
「全く久しぶりじゃないが、な」
神楽は私の言葉を否定したが、瞳の奥には欲望が見え隠れしている。
「こんな状況にいたから昂っちゃって」
「どんな性癖だ、それは」
二人で軽口を叩きながら、神楽が私に近づいてきた。
「部室でしてくれるときよりも、乱暴に……して」
サーヤがねだると、神楽は強引なキスをしてから胸をまさぐり始める。ああ……と、吐息が自然に漏れ出て流され始めるけど、まだ頭の中には理性が残っている。
私が肉食系で、そういう行為が好みだったという事もあるけど、計算もあってカラダをエサにこのセカイを生き抜いてきた。この事変にもエデン繋がりで巻き込まれたと言っていい。この地区のナイトメアのリーダー的存在だった明莉に逆らえなかっただけだ。
この、政府関係者を自称している神楽とは学園入学以来のカラダの関係だ。私から神楽に近づいて、同じ文芸部にも入って、カラダと情報を売って対価を得てきた。
この男が本心では私を利用するつもりなのはわかってる。でもそれならこちらも利用してやればいい。
私は、ナイトメアとして虐げられるために生まれてきたんじゃない。
私は、幸せになるために生まれてきたんだから。
神楽の愛撫に身を任せながら……サーヤは自分の気持ちを確かめて、行為の中に沈んでいった。
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