第10話 同行
僕が明莉と廊下で話してから一時間が過ぎた。その間、クラス内で格別の事件はない。僕らは拘束されてる身の上なんだけど、特に危害を加えられることなく過ごしていた。その静かだったクラスの沈黙を破ったのは、またしても明莉だった。
「政府の動きは?」
明莉の言葉に、先生がポケットからスマホを取り出す。
「江田から連絡が着ているな。官邸で安全保障会議が開かれているが、こちらの要求は拒否するらしい。陸自の市谷駐屯地に出動命令が出たようだ」
「江田?」
「ああ。金で動く内閣官房の審議官だ。味方というわけじゃないが、こちらにも繋がっている、言わばコウモリだな」
「そう」
明莉は、ただ確認をして理解したという抑揚でつぶやいたのち、目をつむって吐息した。
「政府は、いつものように私たちを踏みつぶすつもりね。想像通りだけど」
「あとはもう一つ」
「なんですか?」
明莉が目を開いて先生を見る。
「サーヤが戻ってこない」
明莉が、いぶかしむ表情を浮かべた。
「確かに……サーヤは戻ってこないですね」
「遅すぎる。連絡もない」
「そうですね。スマホにメッセもない」
「どうする?」
先生が明莉に問うと、明莉はすぐに明確な返答をした。
「私が探してきます。先生はここをお願いします」
「出て行った者がみな戻ってこない。お前まで行方不明になると……」
「でも放っておくわけにもいかないでしょう。サーヤとはそれ程親しくないけど、同じ志を持つ同志ですから」
「それは、まあそうだな」
「なら、先生はここをお願いします」
そこまで僕らの前で会話して、明莉が教室出入り口に向かって歩き出す。そのタイミングで、僕は声を出した。
「明莉! 僕も一緒にいく!」
「!」
明莉の動きが止まってこちらを見る。驚いたという顔をしている。のち、明莉が諭すように叱るように僕に言葉を向けてきた。
「状況……わかってる?」
疑問形だけど、質問してるんじゃないことはよくわかる。よけいなことを言うな、でしゃばるな、無関係な赤の他人は黙っていろという意味だ。でも僕は離れてしまった明莉に、いや実際はもともと離れていた明莉に、近づきたかったのだ。
さっき廊下で会話したとき、怖さもあったけどでもそれと同時に、昔と同じような親近感を感じていた。明莉は、僕をただの知り合いだと言ったけど、でも一人の話し相手として認めてくれていたと思えた。
嬉しかった。怖さもあって身体は震えてもいたんだけど、でも本当に嬉しかった。だから僕の知らなかった明莉を知りたい。見てみたい。その上でどうするか決めたいと思ってしまって、意図不明に思える申し出なんだけど、勇気を振り絞って言ってみたのだ。
「…………」
明莉が、真意を探るような視線で僕を凝視してくる。沈黙が僕らの間に落ちてどうなるか……と思ったけど、その場面で助け船を出してくれた人がいた。
「明莉。高月も連れて行ってやってくれ」
泉田先生だった。
「明莉。一緒に連れて行ってやってくれ。明莉に危害は加えないだろうし、連絡係でも何でも役に立つこともあるだろう」
明莉が異を唱えた。
「正気ですか、先生。状況中ですよ。この場に留め置いて、先生の監視の元に置いておくのが無問題です」
「ならなぜさっき、お前は高月を廊下に連れ出したんだ?」
「それは……」
明莉が言葉を切る。困ったという様子で、明後日の方向を見る。自分でもよくわからないという表情をしながら、声にならないでうめいているような顔。
「人質と言えど、信頼できる者がいるなら利用した方がいい。俺たちは同じ志で集まった仲間なんだが、互いのその真意まではわかっていない」
「…………」
明莉が黙り込む。
「お前と高月にはつながりがある。積み重ねてきた歳月がある。お前も高月なら、近くに置いてもさほど不安は感じないはずだ」
「それは……そうなんですが……」
僕は、その流れに乗って言葉を継いた。
「邪魔しないから。神楽君も、サーヤさんも、もちろん明莉も、みんな無事がいい」
じろりとした不満だという目を明莉が向けてきたけど、僕も明莉を見返す。神楽君や、知らないサーヤさんの名前を出したけど、本当の本気で気にかかっているのは明莉のことだと目で伝えたくて。
「わかった……わ」
明莉が折れた。
「でも余計な事はしないで。余計な口は挟まないで。邪魔したら安全は保障しない」
「うん」
僕は立ち上がる。明莉と連れ立って、教室を後にしたのだった。
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