第8話 ナイトメア
教室を出ると、明莉は誰もいない廊下の窓から外を眺めていた。僕は、ちょっと躊躇はあったけど明莉に近づいて隣に並ぶ。
明莉と同じように目を外に向けると、学園の周囲に警察車両が多数並んでいて、そのさらに外側を興味本位の群衆が囲んでいる。改めて事態の重大さを実感していると――
「少し、やり過ぎだったわね」
明莉がいきなり話しかけてきて戸惑う。
「え?」
「さっき。教室で」
「ああ……。うん……」
明莉と何か話せればと思って追いかけてきたんだけど、いざそうなってみると何を言ってよいのかわからない。
「優也とは幼馴染だったわね」
「うん。そう……だね。確かに、幼馴染だ」
「私はクラスメイトとも明るく接して仲が良くて」
「月島さんとも……ね」
「でも、それは表面的で仮初の関係だったわ」
「それは……」
明言されて返答に詰まった僕に、明莉が告げてきた。
「私は、『ナイトメア』なの」
明莉は、さっきの緊迫した場面とは打って変わった落ち着いた調子だ。
「ナイト……メア? ネットで噂になったりもする怪異ってことだけど……」
「ええ」
明莉は、僕の隣で外を見つめたまま、何もわからない僕に噛み砕いて説明するという口調で続きてきた。
「ナイトメアは異界の生命体。異界からの漂流者。異界とこのセカイは繋がってないけど、極稀に異界からこのセカイに転移してくる者がいるわ」
「異界……。そこに……ナイトメアという人たちがいるんだ? 全く知らなかった」
「そうね。政府によって秘匿されているから一般の人たちは知らない事実よ。私は飛ばされてきたナイトメアの子孫だから異界に行ったことはないけれど、聞かされたことはある」
「そう……なんだ……」
まったく想像もしなかった設定開示だったんだけど、明莉がこの学園でしでかした事やその明莉たちの言動を目の当たりにしていたので、疑う気にはならなかった。
明莉はそこで一拍置いてから、説明を続ける。
「で、ここからが本題なんだけど、ナイトメアは身体能力が極端に高く通常の人間では相手にならないくらいのパワーやスピードを持っているわ。さらに魅了の能力で操り人形のスレイブを作ったり結界を張ったりできる異能力者でもある」
「それは……」
驚きの事実だった。ならば明莉は超人で異能力者だということだ。確かに……織田君を……踏みつぶした力は……人間のモノじゃないし、今までの言動も人知を超えている。
知らず知らずのうちに溜まっていた唾液を飲み込む。明莉は、「だから……」と、重苦しい抑揚で続けてきた。
「現在のこのセカイでは、ナイトメアは排除の対象となっているの。政府や対ナイトメア用の組織――ゴアテク――によって監視され、あるいは束縛され、強制制収容所――ガレージ――に拘束されることになる。ナイトメアは、研究によって人間と同種の遺伝子を持つホモサピエンスに属するとはわかっていて、魔法の様な回復作用を持つ血液の研究が軍事的に利用されたりはしているんだけど、人間と交配して子孫を残すことは表向きには認められていないの。人間はナイトメアの数が増えるのをよしとしないから」
「…………」
思ってもみなかった事実に、僕は何と答えてよいのかわからない。混乱しているというのもあるんだけど、明莉がその異界から転移してきたナイトメアの子孫で、このセカイでは排除対象だというのなら……。明莉はどんな状況でどんな事を考えて生きてきたんだろうって、思ってしまう。
「だからナイトメアはナイトメアだとバレないように、このセカイの裏道に紛れてひっそりと暮らしているわ。バレたら捕らえられてガレージに収容されるから。学校に通わないで出生届も出さない者がほとんどなの」
そこで明莉が沈黙する。小さい頃からその笑顔に慣れ親しんできた明莉の裏側にはそんなことがあっただなんて、想像もしていなかった。
僕は明莉の何をも知らないで、その表面上の笑顔に引かれるまま恋情を募らせて、その陰で明莉は苦しんでいた。その重さに、場面の沈黙に耐えられなくなって、僕は隣の明莉を見つめる。黙って外を見ていた明莉も、僕に顔を向けて言い放った。
「だからエデンの実行部隊である私たちが、このセカイにわからせるの。私たちは存在するんだって声を上げたの」
「エデン……って?」
「私たちナイトメアの、セカイに対する抵抗組織。企業や政府組織や反社にも手を広げていると言われているけど、全貌は私ごときにはわからない」
「そんなものが……」
「ええ。そのエデンの先鋒として、私たちが打って出たの。このセカイからの抑圧に耐えながら用意周到に準備して、学園に通いながら計画を練って下工作をして……。そして決起したというわけ」
明莉が、この場面で初めてほころんだ顔を見せた。
「さっき、教室で貴方は仲間という言葉を使ったわね。私の仲間は、このセカイから排除されてきたナイトメアだけ。月島さんはもちろんのこと貴方のことも、正直に言うと申し訳ないんだけど、ただの知り合い程度にしか思ってないわ」
「ただの知り合い……」
胸中でうめく僕に対して、明莉は気持ちの吐露を続けてくる。
「そう。優也は幼馴染だけど、私はずっと優也を、私とは交わることのない人という気持ちで見つめてきたの」
言い終えた明莉が、両腕を天に掲げて大きく伸びをする。
「話はこれでおしまい。いきましょう、ただの知り合いの優也さん」
話は終わったという態度で、明莉はクラスに向けて戻りだす。明莉が数歩離れた位置で、僕は一言、問いかけた。
「なんで……そんな話を僕に?」
明莉は、思惑気な顔を見せたのち、自分でも掴めてないという調子でつぶやいた。
「何故かしら。一応は幼馴染のあなたに……漏らしたかったのかもしれないわね。積年の想いを」
小さく言ってから、明莉は僕に背を向けて歩き出す。その明莉からは、それ以上の返事は返ってこなかった。教室へと戻ってゆく見慣れた後ろ姿、揺れている漆黒の髪からは、明莉の本心を読み取ることができなかった。
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