第6話 隠見
「高月。きてくれ」
明莉が出ていってからすぐのタイミングで、泉田先生が僕の名前を呼んだ。「え?」っと、虚を突かれてたじろいだ。けど、先生に僕を害しようという悪意を全く感じなかったので、恐る恐るだけど指示に従って立ち上がった。
先生は、ついてこいといわんばかりに教室の扉から出てゆく。怖さもあったんだけど、引かれるように後に続いて廊下で追いつくと、先生が僕に話しかけてきた。
「俺には娘がいたんだ」
「…………」
なんと答えてよいのかわからない。いた……ということは……と、嫌な想像をしてしまう。
「ナイトメア狩りに巻き込まれて死んでしまったが……。生きていれば、いまごろは明莉くらいの年頃になっていただろう」
「それは……」
短く声を出したが、その後に言葉が続かなかった。残念です……と言えばよいのだろうか? でも、事態というか、その娘さんの陥った状況がわからない。ナイトメア狩り……。先生のセリフからは、娘さんに罪はないように思えるんだけど……。
「この試みは失敗する。失敗が確定している」
先生はさらにそう続けてきた。前を歩いているその背からは、先生の感情は読み取れない。
「俺のことは構わないんだが……」
そこで先生は一拍置く。なんというか、僕が想像もできないような色々な感情が混ざり合っているのだろうという抑揚だった。
「明莉のような、生きていれば未来もあるだろうナイトメアの少女が自滅してゆくのを見るのは……正直辛い」
校舎を出た。僕は先生に誘導されながら厚生棟脇を曲がり、正門方向へと向かう。正門には、明莉と兵士二人がいた。門を挟んで、警官たちと対峙していた。僕らは、少し離れたイチョウの木陰から、その明莉たちを見つめ始める。
「今の明莉の心は砂漠の様だ。だが、お前は小さい頃からその明莉とずっと一緒にいた」
「…………」
黙って聞く僕に、言葉が流れ込んでくる。
「小さな時だったが、明莉が珍しく笑っていたことがある。優也君がね……と。むろん、大きくなってからは、そんな笑顔を見せることはなくなってしまったんだが……。高月。お前は、明莉の心の中の砂漠に一本だけ生えている細い木だ」
先生の言葉と抑揚は、僕の胸に刺さった。学園で明るくみんなに笑いかけていたあの明莉は、仮面なのだという。僕は……明莉の何物をもわかってなかったのだろうと、明莉の暴挙を目の当たりにして、今思い知らされている。
「無理難題だとは承知している。おそらく叶わないとも思っているんだが……。高月、明莉を救ってやってくれ。奇跡が起きてくれれば、と願ってる」
先生の訴える言葉が染みる。僕の視線の先には、『宣戦布告』をしている明莉がいる。警官に向かって、自己と仲間のナイトメアの身の上を主張している。そして、兵士が警官に向けていきなり銃を乱射し始めた。
音が響いて、警官たちが倒れてゆく。あああ……と、胸中でも言葉にならない。怖ろしくて、目を塞ぎたい映像で、ただただ木の陰で震えているばかりなんだけど……。
本当に不思議な事に、正門前で警官たちを威圧している明莉の背が、何故か普通の女子高生の背に僕には見えたんだ。小さく震えているようにすら感じる。雨に濡れてか細い声を上げて泣いている、行き場のない捨て猫の様にすら見える。僕の中に、先生の言葉が染み込んでくるのを感じていた。
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