第5話 宣戦布告
「さて……」
明莉は、教室でふぅと息をついた。リラックス、リラックス。気を確かに、そして落ち着いて冷静に。神経が張り詰めてしまっているのに気づいて、それを解きほぐす。幾つもの修羅場を潜り抜けてきた明莉と言えど、この状況は流石に緊張するのだ。今まで、こう真正面から政府に反抗の狼煙を上げることはなかったから。
「さて」
明莉はもう一度、自分の気持ちを入れ直す。
「先生、エデン情報部との引き続きの連絡、お願いします」
「お前はどうするんだ?」
「宣戦布告をしてきます」
「無駄な刺激を与えるだけだと思うんだが」
「私の怨念の叫びだから」
「そうか」
わかったという先生の言葉を受けて、明莉は震えている教室を見つめる。一言もない、息すら聞こえない教室の角のスレイブ一人に命じて、床に転がっている織田の死体を抱えさせる。さらにもう一人、合計二人のスレイブを左右に連れて、教室を出た。
◇◇◇◇◇◇
校舎を出て、人気のない正面通路を進む。今、生徒や教師たちは教室内で震えている。彼らに罪はない――とは思わなかった。彼らを含めた無自覚な人間が、明莉たちを闇に押し込めてきたのだ。
自分は住む家や食べ物があるだけましだった。食うや食わずで街中を放浪し続けている者、強制収容所である『ガレージ』に入れられ、問答無用で処分された仲間は多くに上る。自分が立っている今のこの場所は、そんなみんなの屍の上なのだ。自分には彼らの声を奴等に聞かせる義務がある。堆積した感情をぶつけたいという気持ちが強くある。
正門前にたどり着いた。門の向こう側を見渡す。警察官が二十人程いた。さらにはテレビ局も来ている。せわしなかった彼らが、一斉に明莉に注目する。警官やマスコミたちは、女子高生が目の前に現れた事態を理解できず、騒めいているのが見て取れる。
明莉は連れてきたスレイブ一人に命じて、スマホで生配信を始めさせた。さらに、門の向こう側のテレビカメラが明莉を捕らえる中、真っ直ぐに立ち正面を向いて宣言を始めた。
「私たちは、『エデン』のナイトメア。このセカイとは別の世界の生命体です」
場が静まる。狐につままれたというか、明莉の言葉が意味不明なのだろう。いきなり現れた、この制服JKは一体何を言っているのか――という反応だ。
今この場にいるのは、ナイトメアや異界の存在を認知している政府やゴアテクの関係者ではない。当然の反応だろうと思いつつ、明莉は彼らの応答を待たずに続ける。
「このセカイに紛れ込んだナイトメアは、差別と搾取の対象となってきました。檻に入れられて自由を奪われ、見世物や奴隷として扱われ、あるいは実験動物のモルモットにされてきました」
彼らの様子に変化はない。見た事のある者ならば耳を覆いたくなる事実の羅列なのだが、彼らの脳裏にその絵面はない。全く問題なかった。明莉は、彼らにではなく、彼らの背後にあるセカイとそのセカイをコントロールしているごく一部の支配者層に向けて発信しているのだから。
「私たちは永い間セカイの理解を望んできましたが、政府は私たちの声を無視し続け、闇に葬ってきました」
「君……」
私服をきた現場責任者らしい一人が、明莉に話しかけてきた。
「君は、閉じ込められているこの学園の生徒……ではないのかね?」
「違います。この学園を制圧した――犯人です」
明莉の後ろのスレイブが、抱えていた死体を宙に放り投げた。死体は門の上から、その責任者の前にどさっと落ちる。
明莉の言葉の意味は分からなくても、落下してきた死体の事実は変えられない。責任者の顔色が変わり、ズームアップするようにテレビカメラがその死体を追う。
「私たち『エデン』はこの国の政府に『宣戦布告』します。まずは強制収容所――『ガレージ』のナイトメア千百六十六名を二十四時間以内に解放してください。断れば……この学園の生徒を一人一人殺してゆきます」
その宣言が響いて場に沈黙が落ち、静寂が流れ……。明莉の後ろのスレイブが、いきなり自動小銃を構え、引き金を引いて乱射し始めた。弾は、明莉が一時的に解いた結界を抜けて警察官たちを蹂躙する。血しぶきが舞い、悲鳴が轟く。
乱射が収まった後には、地べたに倒れている血塗れの警官たちがいた。テレビクルーは腰を抜かして、地面上で痙攣している。明莉が、自分に向いたままのテレビカメラに顔を向ける。
「では、仲間の解放をよろしくお願いします。TVの向こうの為政者のみなさん。みなさんが言う事を聞かないと、学園生の死体が増えるだけなので」
明莉は、にっこりと微笑んで言い終える。
ふぅ。少しすっきりしたと、明莉は胸中で言葉にした。心の中に汚泥として沈殿してきた怨念が、わずかながら溶けた気がする。
さて、言いたいことは言ったので教室に戻りますかと、明莉は踵を返した。スレイブ二人も明莉の後に続く。と、スマホの着信音が鳴ったのでポケットから取り出す。画面を見ると発信元はエデン情報部のオペレーター、マドカ。明莉は耳に当て、通話を始めた。
「お世話になってます、マドカさん。明莉です」
若い女性の耳触りの良い声が流れてきた。
「明莉さん、お疲れ様です。TVとネット配信、こちらでも確認しました。状況はまだ始まったばかりですが、頑張ってください。エデン情報部が認可した作戦です。最大限のサポートをさせていただきます」
明莉は、このマドカという女性と直接会ったことはない。正体不明ではあるのだが、明莉がエデンと連絡を取る際の窓口となっているオペレーターだ。中学一年生でエデンと接触してからずっとマドカの指示を受け、たまには好きなお茶やお菓子などの何の気ない日常会話をして交流を重ねてきた相手だ。
「今までは『処分』対象の場所と日時をお伝えしてきましたが、今回はエデンからも増援を派遣予定です。数日以内には。頑張ってください。私は明莉さんのことが好きですし応援しているので」
「ありがとう、マドカ」
明莉は、数少ない信頼相手でもあるマドカに礼を言う。
中一でマドカと接触して以来、マドカの情報が間違っていたことはないし、マドカが嘘を言ったことも一度もなかった。
「では、今回はこのくらいで。定時連絡は続けてください」
「はい。ではまた連絡します」
明莉は通話を切って、スマホをポケットに入れた。
心に力をもらった気がする。足取りも、気持ちしっかりと感じる。今、TVには、凄惨な正門前の現場から背を向けて去ってゆく制服姿の女子高校生が映し出されているのだろう。たぶん、まだセカイは何もわかっていないし、セカイには積もり続けた私の積念の何をも伝えきれていない。
それを伝える為に私は事を起こして声を上げたのだ。そんな実感が確実に明莉の中にあった。
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