ここまでがテンプレ、ここからはヤニカス
ルールの中に、気になる点がひとつ。
おそらく五人全員が同じことを考えていたであろう。
「誰か一人が投票しなければ、その人以外次のゲームへ進めるんだよな?」
それを最初に口にしたのは、伊地目だった。
彼が次に何を言うかは、簡単に察することができる。
「誰か、勝ちを譲ってくれる人、いないか......?」
静寂が会場を包む。
勿論分かりきっていたことだが、名乗りを上げる者はいつまで経っても現れない。
だからある者は、仕方なくこう提案する。
「あんたがやれば?」
風谷が髭田を指さした。
「なんで俺なんだよ?」
「だってあんた、臭いし」
「お前だって香水臭いだろ!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」
伊地目に宥められ、二人は一旦落ち着きを取り戻す。しかし、依然として状況は変わらない。
ひとりひとりに負けられない事情がある以上、誰も自ら進んで勝ちを譲ろうとはしない。
それでも、誰もが2人での勝利よりも4人での勝利の方が良いと考える。
「それじゃあ、多数決で決めませんか?」
今度は大羽が多数決を持ちかける。
確かに、多数決ならば話し合いをするよりも簡潔かつ公平かもしれない。だが、問題は別のところにある。
俺はその問題を指摘した。
「多数決で脱落者を一人選んでも、結局のところ投票を行うか行わないかは本人の判断に委ねるられる。その人が多数決の結果を無視して投票を行ってしまったら、意味が無いんじゃないのか?」
俺含め、おそらくここにいる人間の誰一人として自身の脱落に納得することはないだろう。
女子高生らしい意見だが、これは金の奪い合いなのだ。学級会とはワケが違う。
一番良いのは、誰かひとり仲間はずれを作ることではなく、全員が正々堂々戦うこと。多数決ではなく、少数決で戦うことだ。
「俺は脱落してやる気はないし、この話はパスで」
そう言うと髭田は、煙草を携えて俺たちから離れていった。
「じゃ、私は向こうにあるカフェテリアでも行くわ。あとはよろしく〜」
それを皮切りに、今度は風谷が逃げるように去って行った。
残された俺と伊地目と大羽の間に、気まずい空気が流れる。
「ま、そんな落ち込むなよ。おそらくこのゲーム、ここまでがテンプレだ」
俺は明らかに落ち込んだ様子の伊地目を、内心ほくそ笑みながら励ました。
「とりあえず一旦解散で。この後また3人で落ち合おう。まだ時間はたっぷりあるし、投票は後回しでもいいだろう」
俺が解散を促すと、各々別方向に歩いて行った。
残り時間はあと四十五分。
胸ポケットからくしゃくしゃの煙草を取り出し、喫煙所へと向かった。私物の持ち込み自由というシステムに、これほど感謝したことはない。「おほしさま☆こーぽれーしょん」はニコチン中毒者への配慮も欠かしていないようだ。
喫煙マークが描かれた扉を開くと、予想通り先客がいた。
「どうも。髭田さん、だっけ?」
「そういう君は、天釘くん?」
煙草に火をつけ、デブで薄汚い髭オヤジの隣に並んで煙をふかす。
「髭田さんはさ、どっちに投票すんの?」
「そんなの、言うわけないじゃないか」
そりゃそうだ。伊地目のせいで参加者同士の仲に亀裂が入ってしまった。安易に他の参加者を信用できるわけがない。
だが、それでも問題はない。
「実はさ、髭田さんに良い話があるんだ」
「良い話?」
「ああ。俺と手を組んでくれれば、勝つ確率を高めることができる」
すると髭田は咥えていたタバコを灰皿に擦り付け、とりあえず話だけは聞いてやるという態度で俺の方を見やった。
食いつきがよくてこちらとしては大助かりだ。
「まず、金の皿に一票入る確率と銀の皿に一票入る確率が同様に確からしいとしよう。つまり、二分の一だな。五人全員が投票を行った場合、自分が少数派になれる確率はいくらになると思う?」
パチンコをやっていたなら、少しくらい確率の話は分かるはずだ。
「えーと、五人のうち二人が勝ち残れるから、五分の二......?」
「ブッブー、ハズレ。答えはこれ」
まあ、パッと計算できる問題でもないだろう。
俺は計算式を書いた紙を渡す。
答えは、
(1)自分以外の一人が自分と同じ方に投票する確率
₄C₁(1/2)⁴=4/16
(2)自分以外全員が自分と異なる方に投票する確率
₄C₀(1/2)⁴=1/16
(1)+(2)=5/16
十六分の五というのは、三分の一より少しだけ小さい確率だ。
「言われてみれば高校数学で習ったな。で、確率を上げる方法ってのは何なんだ?」
「俺が金の皿に投票し、髭田さんが銀の皿に投票するんだ。そうすれば、勝つ確率が二分の一に変わる」
「そうか、金の皿と銀の皿、どちらかは必ず少数派になるから......」
それなら俺も髭田も、勝つ確率は二分の一。Win-Winの関係だから、相手を疑う余地はないはずだ。
「でも、俺と手を組んで良いのか?伊地目って人は知り合いなんだろ?」
「あんな奴大っ嫌いだよ。何せあいつは学生時代に俺のことをいじめてたんだから。本人はすっかり忘れているようだけど......」
忘れているのか、そもそもいじめとすら認識していなかったのかは定かではないが、いずれにせよ俺はあいつのことを許していない。
確かに、俺にも原因はあった。人に挨拶を返さなかったり、文化祭の準備をサボったりするくらいには卑屈な人間だった。
だがそれは、いじめをしていい理由にはならない。
「変なこと聞いて悪かったな」
「まあ、今はそんなこともうどうでもいい。俺と手を組むか、組まないかはやく選んでくれる?」
俺はデバイスを確認した。そうこうしているうちに、残り時間は四十分を切っていた。
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