16話 処理


 「どう責任を取るつもりだ、貴様!!」



 ザリ・グゼン陸軍教育監督長が詰め寄るのは、翡翠の眼を冷ややかに向けるレクタニア・ハニーハート陸軍総帥だった。


 

 「責任?」


 「挙げればキリがないぞ!エチカ・ミーニアの無断転移を許し、駐在軍は賊徒に壊滅させられ、ヘンリク・マルラントの背信、それに伴う現地との通信断絶、それから増援で出た第ニ騎兵師団の者たちも何者かに虐殺された。それにこれだ!」



 グゼンが机に叩きつけたのは、今、王都に限らず、あちこちでばら撒かれているチラシだ。

 曰く、六年前のテミナル島虐殺事件は分霊海の支配をヤイグセン・ファトランティス朝と共に強固にするための帝国による陰謀であり、住民たちの生き残りはユミトルド地下牢獄に囚人として収容され、都合の良い労働力として人権もなく奴隷のように作業させていた、と。そして、それを民主神聖同盟が解放しようとしたところ、帝国の差し金であるヘンリク・マルラント監獄長によって、証拠を隠滅するかのようにテミナル島の住人たちは1人残らず虐殺された。

 そして、元テミナル島の住人である、エチカ・ミーニア少尉とミラリロ・バッケニア上等兵は軍に逆らい、それに対抗しようと出撃したが、間に合わなかった、と。



 「ご丁寧に写真まで付いてますね」


 

 と、ケネート・パタヤル陸軍大臣は、そのチラシを商店のセール情報でも見るような軽やかさで透かすように見た。

 そこには、マルラント中佐の前で拘束されたエチカ・ミーニア少尉の姿と、瓦礫の山を前に茫然とするミラリロ・バッケニア上等兵の姿があった。

 

 ケネートは、チラシの文章を読み、信頼性に欠ける部分があるのを認めた。

 特に、なぜ民主神聖同盟が、ユミトルド地下牢獄の情報を知っていたのか、それはエチカ少尉たちも同じく、その情報源が不明である点だが、しかし、読み手にとってそんなことは陥るほどの穴ではない。



 「ミスタント朝も早速、会見を開いたそうだぞ。それもそうだ!あの時、我らはミスタント朝を世界の悪者にしたのだからな!奴らもこれで納得だろう、どう考えても自分たちの行動に対して出てくる死者が多すぎたからな!ただ、結果的に自分たちから侵略した形になったがために、今まで強気に反論できなかっただけだ。それから海軍の奴らも、議会のクソ議員どももごちゃごちゃ言ってきてやがる」


 

 グゼンは顔を真っ赤にしながら、レクタニアに詰め寄る。

 ただ、その荒い鼻息を避けるように、彼女は身体を斜に構え、



 「責任という言葉を使うなら、グゼン陸軍教育監督長、あなたにもあるでしょう?」


 「なんだって?」


 「エチカ少尉の証言では、顔が炎で覆われた女性が同盟の指揮を取っていたそうですが?少尉が無断で転移したのは、その女が接触してきて、ユミトルド地下牢獄の秘密を伝え、ミラリロ上等兵を焚きつけたからだ、と。転移に関してはバルディット・ジャルジャ師団長が協力してくれたと言っている。それに彼女が自慢げに着ていた帝国の軍服には、教育監督部隊の隊章が付いていたとのことですが?」


 「、、、、、、まさか、アルファリア・レオン、、、、、、。彼女の死体は確かに、、、1人はやられたが、そんな、まさか、、、、、、」


 「返り討ちにあった隊員の死体は?」


 

 と、ケネートが間に入る。

 グゼンは思案しながら、ケネートの方を見ずに答える。



 「報告では、最初に仕掛けた1人がやられたと。そしてあやつの攻勢に耐えながらなんとか仕留めた後、確認に戻ったがそこに死体はなかった。おそらく燃やされたんだろうが、防御に手一杯で詳細は、、、、、、。アルファリア・レオンの死体も損傷が激しかったが、間違いなく彼女だ、と。、、、、、、そんな、まさか」


 

 グゼンはがたりとソファに腰を下ろし、編み込まれた頭髪とともに頭を抱える。

 レクタニアは言いたいことは全て言ったというような感じで、彼女もまたソファに優雅に座る。

 ただ、その二人の沈黙に一番追い込まれ、頭を抱えたいのはケネートだった。

 だが、


 

 「、、、、、、皆さん、落ち着いてください。まだ最悪の状況ではない」


 

 ケネートは意を決して口を開く。



 「何をもって!!」



 と、グゼンが苛立たし気に言う。



 「簡単です。テミナル島の虐殺は、あくまでミスタント朝によるものであり、民主神聖同盟は、帝国の脅威となる囚人たちを解放しようとした。それを未然に防ぐため、エチカ少尉たちを派遣した。マルラント中佐は同盟と繋がっており、エチカ少尉は捕縛されたが、増援によって救出された。ミラリロ・バッケニア上等兵は、上層部の命令により脱獄する前に囚人たちを殲滅した。だが、囚人といえども大勢を手に掛けてしまったことにより、精神的ショックを受けている。同盟のチラシよりも、こっちの論理の方が帝国の民衆にとっては突飛ではない、でしょう?」



 ケネートがそう夢中で言い終えると、大臣室の扉がゆっくりと開いた。



 「さすがはケネート大臣。会見ではもう少し、囚人たちをやむなく殲滅することになってしまったことに心を痛めた感じを出してくれると良いな」



 ケネートはすぐに足を揃え、背筋を伸ばした。残りの二人も同様である。



 レガロ帝国、第三代皇帝 ザイル・ミリア・ヴィンセンラード。

 その玉顔が、神妙さとは皆無の、朗らかな表情でゆっくりと拍手をしながら、そこにあった。



 「、、、、、、コーヒーは飲まれますか?」



 ケネートは自分でも驚くしかなかったが、そんな軽口が知らぬうちに自分から飛び出していた。皇帝に届いてしまう前にその言葉を回収しようと手を伸ばしかけたが、




 「そうだね、貰おうか。ラヤ次官の淹れたものは美味しいと評判らしいじゃないか」



 ふいに名前を呼ばれたラヤ次官が、大臣室の外から駆け入り、皇帝に一礼してすぐに準備を始めた。その際、上司であるケネートのことを化物でも見るように一瞥していった。

 

 コーヒー豆を挽く音と、湯を湧かす音だけが部屋に満ちる時間が数分だった。 

 皇帝は大臣の席に座り、ガラス窓の外から帝都を見やっていた。


 

 「どうぞ、、、、、、毒の類は入っておりません」


 

 と、ラヤ次官がコーヒーカップを皇帝に差し出す。



 「ほう、君もケネート大臣の良いところを吸収しているようだね」


 「悪いところも、ですが。例えば、今も胃がキリキリと痛んで仕方ありません。小心者が大臣から移ったようで」


 

 皇帝は三十代とは思えない、屈託のない、少年のような笑顔でラヤ次官の背を叩いた。



 「コーヒーも来たところだ。ケネート大臣、他の懸念はあるか?」



 皇帝は一口、コーヒーに口をつけて、少し驚いた顔をした後にそう聞いた。



 「1つは、ヤイグセン=ファトランティス朝の動向です。自分たちがダシに使われたことを知ってどう出るか」


 「それは問題ない。テミナル島の実質的な領有権を彼らに渡そう。それで黙る。ゴンゼキ島に最も近いテミナル島は、喉から手が出るほど欲しがっていたからな。あの時も相当悔しがっていたよ、一歩遅かった、こちらも同じ手を使うべきだったと。ただ、領有権を渡すことを他の国に知られると余計だから、あくまでレガロ帝国軍に扮して在留してもらう」



 「承知いたしました。あとは本来、ハニーハート総帥の職分ですが、今回の一件の処分を、、、、、、無論、私どもの処分に関しましては陛下に権限がございますが」


 

 ケネートの言葉に、他二人の長官は身じろぎ一つしなかった。

 覚悟していることだが、良い訳一つしないのはさすがと言うほかない。



 「そうか、処分を下すべき者が、そもそもその対象だからな。ただ、先ほどのケネートの演説からすれば、ハニーハート総帥の罪は、民主神聖同盟の輩を牢獄内で自由にさせたことと、取り逃がしたこと、以上だ。グゼン監督長は関与がなく、ケネート大臣も僅かと言っていい。ゆえに三長官は据え置く。ただ、ヘンリク・マルラント監獄長は、残念ながら極刑とせざるを得ない。他、ジャルジャ師団長は対外的には不問。故郷思いの、人情に篤いエチカ・ミーニア少尉は、、、囚人たちの解放を防いだとして昇進させざるを得ないな、無断行動は不問。大臣が言う様に、こちらから指示があったことにする。ミラリロ・バッケニア上等兵の安否は不明としておこう。他に誰かいるか?」



 「1名のみ、生存した兵卒がおります。それから、仮に連れ去られたミラリロ・バッケニアが真相を語ったらどうされるのですか?エチカ少尉は今のところ軍に従う様子を見せていますが」



 と、レクタニアが答える。



 「無論、ミラリロ・バッケニアの行方は追うが、彼女が何かを語ったとして、それが真相であると誰が分かる?脅されているかもしれない。そして、その動かぬ証拠は、その敵の手で永遠に葬られた。そのことから考えても、やつらの本当の目的は、監獄の秘密の暴露ではないと考えるべきだ。むしろその目的が分からないところが怖いのだから。あと、そうだな、その生き残り、監獄の秘密を知っている人間だが、欲しいか?」


 

 皇帝の問いかけに、レクタニアは一瞬、思案する様子を見せ、



 「エチカ少尉からの進言では、信頼に値する人材とのこと。それから僅かですが、今回の一件でウーシアへの適合の兆候を見せている。そのためエチカ少尉の監視下で様子を見させていただきたく」



 「分かった。まぁ1兵卒が監獄のことを誰に吹聴しようが、影響は軽微だろう。他になければ、私から1つ提案があるのだが」



 皇帝が三長官を眺めまわした後、またコーヒーを口に含んでから、



 「大臣の演説には期待するが、それでも帝国内における異分子は、これを期に活動を活発にするだろう。賛同者も増える。現にそこにあるチラシも、そいつらが撒いたものだ。人数、戦力的にも脅威になる可能性がある。そこでだ。こちらの都合で処分を下すことができない、ジャルジャ師団長、エチカ少尉を中心とした直隷部隊を創設しようと思う。彼らは秘密を知ってしまったがゆえに監視する必要がある。特にエチカ少尉は故郷のことで帝国に反旗を翻す可能性すらある。ただ、そのまま塩漬けにするのももったいない。ゆえに、監視役を付け、各地の異分子を殲滅してもらう。軍隊内での名目は、そうだな、、、、、、帝国戦記編纂室なんて面白いんじゃないか、戦地に赴き、情報を集め、記録する。それならあちこちの戦場に現れても不思議ではないし、生き残らなければ記録できないからな、相応の戦力が配備されててもそうおかしくない。ウーシアによる観察も限度があるからな。名誉軍人みたいなものだ。三長官の意見を聞きたい、いい案だと思わないか?」



 ケネートは、ほとんどそれは決定事項と同義だろうと鼻で笑おうとして、皇帝と目が合い、不格好に咳払いをした。正直、牢獄に繋いでいた方が安全だが、万が一それが何らかの形で国民に露呈した場合、説明がつかない。ケネートが自分で先ほど立てたストーリーでは、エチカは間違いなく、帝国の平和の功労者なのだ。

 


 「異論、ございません」


 

 ケネートの返事に、他二人の長官も頷いた。



 「よし、では各自、事に当たってくれ。次は期待している」

 

 

 皇帝はよっぽどラヤ次官のコーヒーが気に入ったのか、大臣室を出た後、従者を引き連れ隣の控室に顔を出したらしく、ラヤ次官の大きな「勿体なきお言葉!」という言葉がケネートの耳に聞こえてきた。

 



 


 

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