15話 闖入
「生存者の確認を、、、お、、、お願いします、ファルマさん、、、」
「隊長、死にかけも入れますか?」
「、、、、、、冗談は、、、ちょっとだけ、、、ちょっと、、、不謹慎です、、、」
「おいおいおい、なんだぁ?隊長さんよぉ。そりゃぁ泣いてんのか?それこそやめていただきたいね。俺は腹黒の聖母様の下についた覚えはねぇよ」
「ギュンベラ、口を慎むべきだ。隊長は己の責務を全うする立派な人なのだから。それから隊長、誤解は私を悲しませます。私は冗談を言っておりません。あくまで正確な確認のためです」
「ああっごめんなさいっ!!ファルマさん、、、、分かりました、、、、、、息のある全ての人間を、、、お願いします」
「俺が悪者かよ!隊長だって、こいつら死ぬまでただ待ってたんだろ?泣くのも祈るのも、お門違いってもんだ、ちげぇか?」
「そ、そうですよね、、、。ギュンベラ君。あなたは正しい、、、とっても正しいです、、、、、、ごめんなさい、、、、、、私がしっかりしないと、、、、、、みんなに迷惑を、、、、、、」
「だってよ、ファルマ」
「私はその下卑た言葉遣いのことを指摘しているんです、ギュンベラ。あなたもここで生存者リストから外しましょうか?」
「はっ!いいねぇ、正直俺もただ見てるだけだと血が
「ちょっとみんな、隊長をこれ以上困らせない、な?仕事をしよう」
「、、、、、、ニスカエルマさん、あ、ありがとう、、、、、、」
赤いローブは、砂金のごとき淑やかな金色の糸で縫い上げられている。
鉄馬と風合いを異にする、漆黒を深くし、大きく、滑らかな体表を持った
「隊長」と呼ばれた、少女と思しき背丈の低い人物を中心に、男共がそれを囲う。実直に背を伸ばす者、鞍の上で胡坐をかく者、少女の背を摩る者。
少女の姿は、その鹿の猛々しい角でほとんど隠されていたが、静かな涙が遠い地平に向かって落ちる。それから、己の腕もすっぽりと覆い隠す赤いローブで顔を拭って、肩で切り揃えられた黒髪が揺れる。
そして、彼女は黄金の色をした舌で言葉を紡ぐ。
先ほどまでのたどたどしく、怯えたような震えはそこにない。
その声は、あるいは恐ろしさすら感じるものだった。
世の中の死の数と、彼女の発声の回数が、偶然にも一致しているような錯覚。
そこには因果関係などないのに、彼女が一言話す度、どこかで誰か一人の命が終わる。
____
その美しい相関が、そのまま波となって音色として聞こえるよう。
厳かな礼拝堂から、祈りを終え、最後の信者が外に出て扉を閉めた後に訪れる、静寂よりもさらに深く沈んだ、この世の裏側に満ちた静謐が、その声の根底にあった。
「、、、、、、落葉が
その言葉が雷のように男共を撃ったのか、次の瞬間にはそこに少女のみが残っていた。ただ、少女には己の言葉に反した者が一人だけ居るのを感じていた。
「、、、、、、さっきのは、
「ル、、、、、、ルラ・コースフェルト大尉、、、、、、っ!!わ、、、わたしなんかに声を掛けていただけて、、、、、、申し訳あ、、、、申し訳、、ありません、、、、、、今すぐ、立ち去ります、、、、、、」
「そう卑下しないで、ノアレス隊長さん」
ノアレス・リリーファは相手の顔を見ず、まるで林檎でも貪るように口の前で両手を震わせ、縮こまっていた。
「敬虔なジシュア新派のあなたに、私の罪を告白してもいい?」
「いえ、駄目です。、、、、、、いや!違います!!駄目というのは、そういうことではなくて、お気を悪くしないでください、、、、、、違くて、、、、、、ジシュア新派では、罪は歩む者の誉れとされています。己の信念に座して歩めば歩むほど、その罪の足枷は重くなり、肉を抉りますが、歩みを止めることこそが罪であり、罪を共に連れて行く限り、それは許され続けるのです」
「それなら、いつか前に進めないほど、その罪の足枷が重くなってしまったら?」
「罪を引き渡すのです。己よりも強靭な肉体と精神を持った者に。そうして徐々に太く、深くなっていく罪の轍こそ、国家・国民に刻まれた歴史なのです」
「じゃぁ、私も?」
「コ、、、、コースフェルト大尉ほどの人であれば、それは大変、、、、、大変に、そうだと思います、、、、、、」
「あなたも、ね」
ノアレス・リリーファは、すらりと背の高いルラ・コースフェルトの顔をそのとき、初めてまじまじと見た。健康的な頬の赤みに、チェリーのように小さい顔、光を弾かないしっとりとした質感のベージュの髪はウェーブし、長い睫毛に、細く平らな眉。全ては清廉に整っているが、唇だけは少し厚く、妖艶に存在を主張している。
そんな彼女の美しさを、きっと誰かが許せなかったのだろう。深緑の軍服はほとんど元の色の部分がないほど、血で染められていた。不自然に顔だけが朝起きたときのままのよう。
「それが、、、、、、罪、、、、、、ですか?」
「ええ、そうです」
「、、、、、、まだ、、、、、、歩みますか?」
「自分の血が、自分の殺した人間の血で全て入れ替わるまでは」
「い、、、、、いつか、あなたが木陰に腰を下ろすときは、わ、、、わた、、、わたしのところに来てください」
「ええ、、、、、、そうさせてもらいます。ありがとう」
そう言い残して、ルラ・コースフェルトはその場を去った。
聖女と呼ばれる彼女の残香は、あまりにもその異名とは乖離したものだった。
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モナ・ザレファユフセラは、狂気と高揚の終わりない掛け合わせの中で、その存在と対峙した。
「全部死んだ、全部、、、、、全部、、、、、、ぜーんぶっ!!」
「そのようだな」
「モナが、悪夢を悪夢で終わらせてあげたの!!悪夢の中で生き続けても仕方ないじゃん!!死んだ方がみんなのためだよねぇ!?」
「そうとも言えるだろう」
「最高よ、、、、、、最高の気分!!頭が、こんなにすっきりとしたのはいつぶりだっけ???すーっとして、涼しくて、あったかぁくて、肺に空気を入れると、良い匂いがして幸せな気分になるっ!!ちょっとだけ手に重たい、甘い蜜の詰まった林檎を胸に抱えて眠るみたいに!!!」
モナは、死体が蠢き続ける自分の胸を撫でる。
びちゃびちゃと肉片が零れ落ちては、恍惚の表情となって、頭上の血の王冠から流れ続ける血を口で受け止め、飲み干す。
皺ひとつない赤いローブを風に任せて、箆鹿に騎乗したまま、男はじっとモナの顔を見る。
ファルマ・ヘイゼカイテロベール。
フードを深く被って表情の見えない彼は、淡々と会計帳簿でも読むように、
「そうか、あなたは今、幸せなのか?」
「そうだよ!!そう言ってるじゃん!!!」
「ならば、なぜ、そう泣く必要がある?」
「え、、、、、、?」
モナは、己の顔の爛れた方の目の下を探る。
「泣いてな、、、、、、」
「もう片方の方だ」
「、、、、、、っ!!!なんで、、、、、、どうして、、、、、、っ!?泣くのはモナじゃない!!私は弱くないっ!!!構わないでっ!!どっかいって、、、、、、モナは幸せなの!!!黙れ黙れ黙れ、、、、、、なんだよ、、、、、ふざけるな、、、、、どっかいけよお前等ァ!!!!!」
すでに住民を食い尽くして暇を持て余した
「飲み込まれているのは、きっと君の方なんでしょう」
ファルマがそう呟き、次の瞬間に銃声が鳴る。その音は一つだったが、全ての魚が黒い雨と呆気なく消えた。雨音だけが、彼の離れ業を讃える。
「
消えた魚の影から、追撃をなさんと飛び込んでくる影たち。
その巨体の胸にも、いつの間にか穴が空いていた。
何も成すことができず、彼らもまた霧散していく。
「くそっ!!!!!!!!!なんなんだお前ぇ!!!」
「覚醒の持続時間は、そう長くない。ほとんど残滓を撃っただけです。あなたは強いですよ」
「舐めやがってっ、、、、、、!!!」
そうしてモナが自ら鎌を掲げて動こうとしたとき、
「待て、目的はすでに達した。我々はここを去る。それでいいな、憂虞の鳴器の者よ」
白銀の髪の男が、モナの前に立ってその獰猛な牙を静止させる。
「もともとそういう手筈ですからね。我々は貴様らが素直に帰還するのを見届けるためだけに来たのです」
ファルマはいつの間にか手に抱えていた二丁の銃を降ろして、己の服を二度、三度と叩く。
「シュージルぼっちゃんさ、何もしてないお前が偉そうにモナに命令するな、、、モナは、、、、」
モナが矛先をシュージルに向けたその時、遠く駐在軍基地より、高く、天を燃やすような火柱が立った。
その炎に、牢獄内でまだ意識を保っている全ての人間が魅せられた。目が離せなくなり、動こうとする意識そのものが燃えて消えていくよう。温かい暖炉の傍で、無気力に横になるような、そんな平和と長閑さが、かえって不気味に感じる。
モナ・ザレファユフセラもまた、その炎を瞳に映した瞬間、泥が雨に流されるように、その素肌を取り戻し、ふっと気を失った。
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アイリス・ライゼンバッハもまた、地に伏せながら、その炎を見た。
彼女の体に、明確な負傷はなかった。正確に言えば、高い外壁から落ちたことによる以外のものは。
アクトゥール・アウリウス、それからゴント・シベランカーが己の胸に短剣を刺した、あの瞬間。あれはただの第二反発だ、と今ならば分かる。彼らの急激に上昇したウーシア適合度とその別の文脈に属した波長に接して、吹き飛ばされたのだ。
___クイス・クイリアムス、騎士の屈辱。
ミラリロお姉様は彼らに連れて行かれた。
その理由も、目的も分からない。
囚人たちも1人残らず、魚どもに食われた。
完全な敗北だけが、アイリスの少ない誇りに爪を立てて、傍にあった。
「アイリス・ライゼンバッハ!!」
そう名前を大声で呼ばれるのは、今日二回目だった。
もう勘弁してほしい。
胡乱な目で声の主を見上げる。
「、、、、、、なんだ、初めて見るけど分かるよ。皇帝の犬め、、、、、、それに、あんただけは知ってる」
「挑発する余裕はあんだなてめぇ」
「余裕なんてない、ほら、言葉を間違えちゃったし。ただの犬じゃなくて、卑怯で、いつも震えて小屋から出てこない子犬ちゃん、、、、、、」
「お前に関しては別にここで殺したっていいんだぜ?」
「ギュンベラ・ギャレス、こうして会うのは何年ぶり?あなたみたいな吠えてばかりの小心者に、負けることなんて、、、」
「どうした?いつもの飄々とした感じがねぇなぁ?まぁいい。俺が聞きたいのは1つだけだ。お前、なんでずっと手を抜いてた?」
「ほら、やっぱり小屋から見てたんでしょ、ぶるぶる震えながら」
「てめぇ、マジで殺すぞ」
「薄いよ、言葉」
アイリスはミラリロのような言葉を吐きながら、まだ震える膝に手を置いて、なんとかその場に立つ。周囲を確認すると、サバランティオ曹長はまだ気絶したままのようだった。魚共も一緒に吹き飛ばされたのが功を奏したのか、身体に欠損も見られない。
「、、、、、、手は抜いてない。ただ、不可解は不可解の内に解決すべきだと思う?」
「それは解決じゃなくて、抹消だろうが」
「へぇ、屈辱的だけど意見が合うこと」
「要するに、俺らのこと馬鹿にできねぇんだな、お前」
「そう、私も同じ。不可抗力的にだけど、ただこの事件の終点を待ち続けただけ」
「仮に鼻持ちならないエチカの野郎や、ミラリロが死んでも、か?」
「はっ、私だって一応ジシュア派を信仰してる。そうなったら二人の罪を接ぐだけでしょ?」
「負け犬の遠吠えだな」
「ええ、そう」
アイリス・ライゼンバッハは、その赤い猛獣に歯を見せて笑う。まるで獲物を前に我慢ならないというような表情だった。男はそんな彼女の身体を支え、倒れたままのサバランティオの方に歩いた。
アイリスは、絶望していなかった。
完全な敗北と、欠けた自尊心。
それでも、あのさっき見た火柱のように、熱く、それでいて冷静な闘志だけが、綺麗に心に残っていた。
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「この人は殺さなかったのか」
ニスカエルマ・トーラーは、天を向いて倒れたままの一人の兵卒を指さし、人懐っこい柔和な顔で女に聞いた。
女からは天を焦がすほどの炎が上がっており、ニスカエルマもその渦中にいたが、身体は燃えずに確かにある。
「気まぐれですわ。弱者の勇猛に弱いの」
「それは良い心がけだと思うな。強者の勇気は偽物だからね、多分」
「それで、綺麗な顔をしたあなた、私をどうするつもりかしら?今晩のデートにでも誘ってくださるのかしら」
「え、綺麗って、照れるな。何もしないよ、あなたも知ってて聞いてるでしょ」
「こちらの悪い癖ね、じゃぁ、お言葉に甘えてお暇させてもらうわ」
「その前に、君は記憶を取り戻した?」
ニスカエルマは、エチカに向かってそう聞いたが、答えたのは女の方だった。
エチカは燃え上がる火に魅せられたように茫然自失していた。
「いいえ、見て分かりません?てんで駄目ですわ。だから目的は半分」
「そっか。じゃぁ次に会う時はあなたも敵か味方かまだ分からないわけだ」
「ええ、それも一興でしょう?」
「できれば、うちの隊長をこれ以上、苦しめたくないから、単純に敵の方が嬉しいかな」
「女性の前で、他の女性の話をするのはいただけないわね、それじゃぁ、後はよろしく頼みますわ。勇気のある弱虫さんたち。エチカの坊やより、あなたの方に期待しているわ、この物語の主役としてね」
「争いに、主役なんていないさ。あなたも決して悪者ではないように」
「ああ、本当に惚れちゃいそうね」
そう言って、女は忽然と姿を消した。
消えた炎の柱の代わりに、この地で起きたすべてを洗い流すような雨が、ざぁざぁと皆の姿をそのベールの向こうにかき消していく。
ユミトルド地下牢獄における事件は、今、その幕を
この場で傷ついた、誰の手でもなく。
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