天才博士とおとぼけ助手の実験記録 ~聴こえないメロディー~

よし ひろし

聴こえないメロディー

「よし、これでいいだろう」

 白衣姿の男が大き目の水槽の様な物の前でそう頷いた。その水槽の様な透明の箱は、ドラフトチャンバーと呼ばれる実験装置で、化学実験などで有害物質が発生したときにそれを安全に排出する装置だ。

 そしてその前で中の様子を確認しているのがこの研究所の主、芥川龍虎あくたがわ りゅうこだ。様々なオーバーテクノロジーの研究をしている自称天才博士で、白髪交じりの髪をしているが、まだ三十六歳。独身で彼女は募集はしてないが、とても欲しいと思っている。


「あ、いたぁ。博士ぇ、今日は、こっちの実験室なんですねぇ」

 そう言って入ってきたのは、楠木星奈くすのき せな。工学系の大学に通いながら、バイトで芥川の助手をしている二十歳の女の子だ。彼氏はいないが、男友達は多い。


「ドラちゃんの前で、なにしてるんですぅ?」

「おい、その未来から来たネコ型ロボットみたいな呼び方はやめたまえ。ちゃんと、ドラフトチャンバーと言いなさい」

 芥川が首筋をボリボリと掻きながら真剣な表情で言う。

「ええ、そんな怖い顔しないでくださいよ、博士ぇ。イイじゃないですかぁ、ドラちゃんで、可愛くてぇ」

 のんびりした甘え声で返す星奈。

「怖い顔などしておらん。これは元からだ――って、はぁ~、まあ、いい。好きなように呼んでくれ」

 自分の顔がいかついことを自覚している芥川は、それ以上言い返さず半分諦めたようにため息をついた。

「はーい。それで、ドラちゃんで何するんですぅ、今日は?」

 言いながら星奈が透明なケースの中を覗く。そこで中で飛び回る小さな生物達に気が付いた。

「あれぇ、これって、蚊ですかぁ? 随分いっぱいいますねぇ…」

「そう蚊――憎き、アカイエカだ!」


 ボリボリ……


 首筋から今度は左腕を服の上から掻く芥川。

「かゆいんですか、博士ぇ? ――ああ、蚊に刺されたんですねぇ」

 口調はのんびりだが、勘は鋭い星奈。

「そうだ。ここのところ寝ている間にどこかしら刺されて――、くそ、かゆい!」

 今度は脇腹の辺りを掻き始める芥川。

「蚊を取る線香とかマットとかぁ、使えばいいんじゃないですかぁ?」

「ダメだ。あのての物は匂いが気になって眠れなくなる。それに朝起きると喉の調子も悪くなるのだ」

「ほへぇ~、見かけによらず、繊細なんですねぇ、博士は」

「見かけによらずって……、まあいい、そんなわけでスプレー系も苦手で、何か他にいい手はないかと開発したのが――蚊滅くんブイだ!」

 芥川がドラフトチャンバーの中央に置かれた物を指さす。そこに置かれていたの豚の姿を象った薄ピンク色の物体で、いわゆる蚊遣り豚と呼ばれているものだった。


「あれってぇ、昭和の遺物じゃないですかぁ」

「遺物って――、今でも愛用者はいるのだぞ。もっとも、あれは外見こそその昭和の遺物っぽいが、中身は科学の粋を集めたハイテク装置なのだ!」

 凄いだろう、と言わんばかりに胸を張る芥川。

「そうなんですねぇ…。それで、どんな装置何ですかぁ?」


「ふふ、解説しよう。この蚊滅くんブイは特殊な音――人には聴こえないメロディーを流し、蚊を惹きつけ、体内に集めるのだ。そして、プラズマを発生させ憎き蚊どもを一気にせん滅する――くくく、素晴らしい装置だ! わははははっ!」

 両手を広げ天を仰いで高笑いする芥川。


「へぇ、凄いんですね…。ちゃんと動くんですかぁ?」

 疑わしい感じで首をかしげる星奈。

「当然だ。プラズマ発生時に有毒ガスが発生しないかという最終チェックをこれからするところでな。よし、ではゆくぞ」

 芥川がポケットから小さなリモコンを取り出し、ボタンを押す。


「ぽちっとな。――ほら、蚊が蚊滅くんブイに集まりだしたぞ、星奈くん」

「――博士、装置、止めてください!」

「え?」

「何です、この宇宙と交信するような音…。ああ、うるさい!」

 星奈が両手で耳を抑えて、愛らしい顔をしかめる。

「え…、聴こえるのか?」

「博士には聴こえないんですか?」

「ああ、全然」

「――耳、老化してますよ。とにかく、止めてください、音!」

「老化……、え、ええ、そんな……」

 まだ三十六歳だぞ、と思いつつも、確かに自分には音が聞こえないことに衝撃を受け、呆然とする芥川。

「早く、止めて!」

「あ、はい……」

 星奈の勢いに押されてスイッチを切る。

「……はぁ、もう、何なんです、あのレーミードードーソー♪は?」

「いや、うん、それが一番蚊を集めたので……」

 説明するが声は今にも消え入りそう。老化、という現実を突きつけられた芥川は、がっくりと肩を落としたまま、しばらく呆然としていた。



 今現在蚊滅くんブイの改良を進めているが、星奈にも聴こえない音域にすると蚊も集まらなことから、その改良はなかなか難航している。

 ちなみに、あの実験の日、研究所の上空で多数の未確認飛行物体――最近では未確認異常現象と呼ばれるものが出現したらしいが、芥川の耳には届いていない……



おしまい

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