洗濯機の中で歪む次元・2 ――その後の洗濯機

遠部右喬

第1話

 洗濯機が壊れた。拙作『洗濯機の中で歪む次元』に登場した、パンツ限定で次元を歪ませてくるあの洗濯機だ。



 ある日のこと。

 洗濯機をまわし、その間に簡単に掃除やらなにやらを済ませ、さてそろそろ洗濯も終わる頃だろう……と、時計に目を遣ると、普段ならとっくに洗濯が終了している筈の時間である。

 終了を告げるお知らせメロディに気付かなかったなー、と、呑気に鼻歌まじりで洗濯機の前に行くと、どうにも様子がおかしい。操作パネルの表示が点いたままなのだ。蓋を開けてみると、まだ槽の中に湛えられた薄っすらと白濁の残る水中に、洗濯物が見え隠れしている。蓋を閉めて「濯ぎ」や「脱水」等のボタンを押してみるも、うんともすんとも言わない。パネルの表示は一応の反応を見せるが、本体は動く気配がないのだ。


 どうやら洗濯機能が、最後の濯ぎの途中で力尽きてしまったようだった。


 思い起こせば、出会った当初からお値打ち価格だった彼とは、もう、〇年の付き合いである。ここまで実によく戦ってくれた。欲を言えば、せめて排水を終えてから散って欲しかったが……。

 仕方なく、まだ最後の濯ぎを終えていない洗濯物を取り出し、手作業で濯ぎと絞りを終え、手絞りだけでは水切れが物足りなかったので近所のコインランドリーに赴き、脱水と、ついでに乾燥を済ませた。


 さて、洗濯を無事終わらせ、帰宅して人心地着く間もなく、目を背けていた問題に向き合うことになった。未だ水を湛えたままうんともすんとも言わない洗濯機の中から、何とか水を抜かねばならない。洗面器とコップで出来る限り水を汲み出し、ひーひー言いながら洗濯機を動かして背面の板を外したところにある強制排水機能を使い、何とか残りの排水を終えた。

 結果、洗濯をしたことで汗をかき洗濯物を増やす羽目になってしまったが、誰も悪くない。洗濯機とて、「自分、まだやれます!」と思っていたに違いない……。


 とは言え、今はもう動かない彼とこのまま暮らし続ける訳にも行かない。私には新しい相棒が必要だ。

 大分遅めの昼食を済ませ、私は少々の胸の痛みと共に大型家電量販店に足を運んだ。


 どうせなら壊れたのと同じメーカー製がいいな、何となく愛着もあるし……などと考えながら洗濯機売り場を見まわすも、どこにも同メーカーの製品が見当たらない。どうやらそのメーカーは、現在は洗濯機業界から手を引いてしまっているようだった。仕方なく他のメーカーの製品を購入し、週末には古い洗濯機と入れ替えて貰えるよう依頼を済ませた。今回選んだのも今迄同様、縦型である。


 さて、無事に新しい相棒が決まった現在、私には気になっていることがある。


 ――果たして、新しい洗濯機で洗ったパンツはどうなるのか?――


 古い洗濯機は、洗い終えたパンツが高確率で裏返っている、という問題を抱えていた。今ではパンツを洗濯機に入れる際には端から裏返すようにしていたし、気持ちの上でも洗濯後のそれらがどんな状態でも受け入れていたので、新しい洗濯機での結果がどうであっても問題はない。それでもやはり、新しい洗濯機が私のパンツをどう扱ってくれるのかは気になるのだ。


 ともあれ、彼が我が家にやって来る今週末の午後が、洗濯始めとなる予定だ。果たしてどの様な結果が得られるだろう。ちょっと楽しみだ。




 ――土曜の午後。


 様々な洗濯物と共に、4枚のパンツを新たな相棒に放り込む。この4枚は全て同一のメーカー製のボクサータイプだが、微妙に手触りや細かなデザインが違っている。今回はこれら全てを表向きのまま突っ込むことにした。実験というより、「初めましてのごあいさつ」というくらいの軽い気持ちである。

 いざ、スイッチオン!


 ……約一時間後。


 プー、プー。


 洗濯終了を知らせる電子音が鳴った。さあ、パンツはどうなっているだろう。

 洗濯機からタオル類、ネットに入れた衣類、その他色々を取り出していく。勿論、ネットに入れた衣類も入れなかった衣類も、裏返っていることはなかった……そして。


 洗濯機の底に残っているのは、裏返った3.5枚のパンツ。


 3.5枚とはどういう事だ、と思われるだろう。勿論、パンツ自体は4枚残っている。そしてその4枚の内、3枚は完全に裏返っていた(この時点で既におかしいのだが)。そして残りの1枚は、半分だけ裏面を見せる形、つまり、3枚と半分が裏返っていたのである。


 新しいパターンだった。

 しかも、半裏返しになっていたパンツは、右脚を突っ込むべきところから、左ウエスト辺りのゴム部分を内側から半分ほど潜らせる、という、不可解な形状で丸まっていたのだ。


 私は驚愕した。

 これまで、パンツが裏返る現象は、形状的に一番大きな穴であるウエストの部分から捲れ上がって起こるものだと思い込んでいた。まさか脚まわりの穴から裏返るとは、予想していなかったのだ。というか薄っすらと、「新しい洗濯機なら、パンツが裏返ったりはしなかろう」とすら考えていた。そんな甘い考えを嘲笑うかのような今回の結果にもやもやが募る。

 もしかしたら、以前の洗濯機で裏返ってしまっていたパンツも、実は脚まわりの穴から裏返っていたのだろうか。今回完全に裏返っていた3枚も、ウエスト以外の穴から裏返ったのかもしれない。だが、残念ながら古い洗濯機は既に引き取られているし、新しい洗濯機のボディもスケルトンではない為、どういう過程を経た結果なのかを確認することは難しい……謎は深まるばかりである。


 兎も角、どうやら今回の洗濯機も、私という観測者が存在することで何らかの物理現象を引き起こす可能性が浮上してきた。それにしても、何故、我が家にやってくる洗濯機はこんな不可解な現象を引き起こすのだろう。

 ふと、前回の話に「説明書に『パンツ裏返し機能』とか書いてないですかw」とコメントを頂戴していたのを思い出し、「それだ!」とばかりにニューマシンの説明書を念入りに読んでみるも、やはり、そういった機能は搭載されていないようである……ついていないのかあ、「パンツ裏返し機能」……。

 まさかとは思うが、洗濯機の中でパンツ限定で次元が歪む原因は、洗濯機ではなく私にあるのだろうか。だとしたら、一体何の為に存在する能力だというのだ。いずれ、この能力を必要とする瞬間が人生にあるのだろうか――。


 丸まったパンツを広げつつ、有るか無いかも不明な謎の能力の使い道について、想いを馳せた土曜の午後であった。

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