第11話
12月24日 午後5時
パーティー会場となった1Fのラウンジは着飾った人々で活気に溢れていた。
ラウンジのシンボルである巨大なシャンデリアと見事なモミの木の下では
思い思いに着飾った居住者とその関係者が華やかに会話を交わしていた。
茜は一度だけ、当時交際していたバイト先の同僚男性とデイズニーワールドへ行った事がある。12月初旬だった。ワールド全体がクリスマスイルミネーションで飾られ華やかだったが、茜は行き交う若いカップルや友人グループの様に楽しむ事はできなかった。男性とは肉体関係もあった仲だったが、この男性の前も後も、いずれも半年ほどで男性の方から別れを告げられてきた。
男性が言う別れの理由は其々だが、唯一、一致していたのは 「何を考えているのか解らない」と、云う事である。この部分だけは一致していたから 多分その通りなのだろうと茜は受け止めている。茜は決して心を開かなかったし家族の話はタブーで異常に用心深かったとの自覚がある。。最初は「単なるツンデレでしょ?」と安易に受け止めていた男性たちはやがて、無力感に囚われ始め諦めて去っていくのだ。
「初島さん…だったわね?」 担当フロアーの出席者のエスコートを終え会場の後方に待機していた茜に麦が声をかけてきた。すぐに薫子も近づいてきて茜は目が眩んだ。と、云うのも、薫子は全身金色のスパンコールをあしらったイヴニングドレス姿で周囲を圧倒する存在感を放っていたからだ。エスコートする時姿が見えなかったのは館内のブテイックに籠っていたからだろうと思われる。麦はモスグリーン色の一見控えめなドレス姿だが、麦に声をかけられた時 茜は「おおおおお」と軽く仰け反った。
ドレスは控えめだが、帽子がド派手だったからである。何の変哲もないターバン形の帽子に極彩色の鳥の羽根をこれでもかとあしらって、華やかさを通り越し最早奇抜である。要するに頭に孔雀を載せている様な…
二人ともお揃いの白い毛皮のストールを肩に羽織っていた。
「私たち、29日からハワイに旅立ってそこでお正月を迎えるスケジュールなの。年明けの10日頃戻るからよろしくね!」麦が微笑んで言った。
茜は薫子の外泊届は承知していたがフロアーの違う麦の事は知らなかった。
一体この二人の関係はどうなっているのか……
「今夜は私も弾き語りを披露するのよ」薫子が言った。
この日の為に運び込まれたグランドピアノは、この日の為に造作されたステージ上に既に設置されている。プロの楽団や歌手、ダンサーなどのショーがあるのだが、薫子が弾き語りをする予定は今初めて聞いたので急に決まったのだろう。
これも土方の差し金か……茜が、少女の様にはしゃぐ二人の手元に視線を注いでいる事に気付いた麦は 「私たち実は異母姉妹なのよ!他にも異母兄弟が21人はいたかしら?」と、薫子に身体を密着させると二人でケラケラ笑い出した。
なるほど、、、そう謂う事か、と茜は得心して笑顔を湛え「どうぞお楽しみください」と言って二人を送り出した。
茜はそろそろ、もう何を聞いても驚かない自分が居る事に気付き始めていた。
5時20分 シックな出で立ちの楽団メンバーがステージ上の席に着きムーデイーな演奏を始めるとウエイターたちが一斉に料理と飲み物を各テーブルに並べ出したところで茜たちは一旦、終了の30分前まで詰め所に引き上げる。
会場から出たところで、茜の耳に一度だけ、開所セレモニーで遠くの方から眺めていただけの塩釜清明の声が聞こえてきて茜は足を止めた。
「皆様、またお目にかかれて光栄です。昨年は諸事情により開催できませんでしたが今年は晴れてこの様な素晴らしいパーティーを行うことができました。これもひとえに皆様方のお力添えの賜物と感謝申し上げます」
諸事情とは……ミツエの話によると「スターホーム」のプランが立ち上がると同時に即、完売したのは殆どが海外からの投機目的であったらしいと云う事だ。
だいたい、日本人の感覚で入居金だけで4億円以上なんてバカも休み休み言いなさいよって私に吠えたてていたっけ。と、茜は丸顔のミツエの憤慨した顔を思い出し腹の中で笑った。そのミツエは今日は休みで明日は通し(ほぼほぼ一日)である。
とにかく、茜にとってミツエはさくら叔母に匹敵する心を許せる数少ない人間である事に間違いない。 だが、少し気持ちにゆとりができた隙間に土方の言った言葉が滑り込んできて茜は溜息をついた。土方は偶然新聞の記事でAを見つけたと言った。
「明日で終わる」とは、つまり今日の事だ。今日 あと数時間で何が起きるというのか。
土方が言うAとは……解らない事だらけだ。
パーティーは終始華やかに進行し薫子がピアノの弾き語りでフイナーレを飾った。
元女優で歌手でもある薫子の歌声は聴衆の耳目を惹きつける魅力と迫力があった。
茜は終了30分前に会場に戻る事ができて薫子の舞台を観る事ができた。
ストームオブアプローズの中、薫子は頬を伝わる涙を拭いながら麦の差し出した手を握り優雅にステージを下りて行った。
結局茜が帰宅したのは12時過ぎだった。こんな時はつくづく、多少家賃は高くても徒歩で帰れるメリットの方を選んで良かったと思う。
遅くなったのは久し振りのステージで興奮した薫子がなかなか茜を解放してくれなかったからだが薫子は実に幸せそうだった。ぴったり寄り添う麦もまた。
茜が薫子を部屋までエスコートする際土方の部屋の前を通った時、ドアの前に黒服が立っている姿を見た。確か、来客があるからパーティーには出ないと土方が言っていた。茜はチラと黒服を振り返ったが黒服はいつも通り彫刻の様に立っているだけだった。
茜が勤怠の入力と残業の理由を打ち込みパソコンを閉じた時だった。この日詰所に待機していた夜勤の看護師が「初島さん、土方さんお出かけのようですが何かご存知?」と訊いてきた。勿論 茜は知らない。共有の日誌も空白である。看護師が部屋から出てきた土方に近づき事情を尋ねる様子を茜は離れた場所から見ていたが、看護師はすぐに戻ってきて「7階のバーで古い友人とお待ち合わせだって」と教えてくれた。すると、もう部屋の中に客人はいないのか?
とにかく館内の移動なら届出の必要はない。土方は電動とは云え車椅子である。黒服が立っていたのはその為だったか。
茜は疲弊した頭と身体を引きずりホームを後にした。夜の街はクリスマスイベント一色で中には深夜だと云うのに幼い子供連れの親子の姿も見られた。煌びやかな電飾でデコレーションされたトンネルの中で嬌声をあげながら我が世の春を謳歌している若者たちを横目で見ながら茜の足は規則正しく真っ直ぐ自宅へと向かっていた。
翌々日、12月26日
今日の茜のシフトは朝8時から夜の8時までである。
出勤したら先ず、日誌に目を通す。異変はすぐに解った。日誌にはいつもは見られない守秘義務の薀蓄の羅列のあと、短く、土方が昨日、突然退所したと事務的に記されていた。
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