第9話

「ある町に三人の若者がいた。三人とも裕福とはいえない家庭で育った。

三人のうち二人は兄弟で、兄は地元の公立高校を卒業すると やはり地元の銀行に就職した」

アルコールに弱い茜は 時折シャンパンのソーダ割を口にしながら冒頭土方が言った「クリスマスキャロル」のストーリーを思い起こす一方で土方の話に耳を傾けていた。


銀行員の弟はやはり高校を卒業すると地元の、当時はまだ珍しい職業だった警備会社に就職した。

弟はそこで、一年先輩のAと気が合って本当の兄弟の様に親しくなり、兄も交えて頻繫に出掛けたり寝泊まりするほどだった。ある日、弟が「おかしな話がある」と兄に言ってきた。

よく聞いてみると、どうやら兄が勤める銀行が、ある会社の給料を現金で運ぶらしいと言う。

信じられない話だった為 最初は笑い飛ばしていたが興味本位で内部の伝手を頼り

徹底的に調べ上げた。そして、弟の話が本当だと知るやあまりの馬鹿馬鹿しさに驚きを通り越して呆れ返ってしまった。大金を運ぶのに警察車両も付けず民間の、しかも、セキュリティーに関しては素人同然の行員だけで運ぶというのだ。

不測の事態が起きたらどうするのか…… 

ところが、何か他に方法はないのか、と、考えていた兄の頭に突然真逆の発想が閃いた。

兄はその計画を半ば冗談めかして弟とAに話した。弟はそれこそ、寝言は寝て言えと言わんばかりだったがAは大いに乗ってきた。三人で山分けしても一人約一億円である。一億円あれば今の不遇な環境から抜け出せる。結局、血気盛んな三人の若者たちは、犯罪を犯すと云うマイナス志向よりも殆どゲームの様な感覚に酔いしれてしまった。

少々ビビる弟を退け、常に積極的に兄のプランに色付けしたのはAである。

先ず、警察官に変装して金を奪うのは「俺がやる」とAが率先して手を挙げた。

Aは自分が作り上げたシナリオ通り、前日の夜に大胆なイメチェンをはかった。

薄めの眉毛を濃い目に描く。ややポッチャリした顔を上下左右斜めに引っ張りテープで固定するとこれだけで別人である。Aは普段からインテリをアピールする為にいつもダテ眼鏡をかけていたのがここで活きたのである。

白バイは弟の方が趣味で乗っているバイクに白ペンキを塗りたててそれらしく見える様に改造した。よく見ると雑だがパッと見て気付くのは警察官か関係者かマニアくらいだろう。

そして、すべてのお膳立てが整った12月10日、冷たい雨が降る中それは粛々と決行された。

Aが、現金輸送車を止めて車に爆弾が仕掛けられていると言って4人の関係者を退避させる。4人が車から離れた隙に、Aは現金が入ったジュラルミンケース3個を奪い

そのまま白バイで逃走。僅か10分足らずの出来事である。

Aは、2キロ程先で待ち受けていた弟が運転するホロ付きの2トントラックに白バイごと乗り込む。更に5キロ先には兄の車が待ち受けていて現金だけ移す。

兄と別れた後、二人は更にトラックを多摩川の土手まで走らせ暗くなるのを待ち、ホロに隠れてバイクに被せた白ペンキの剝がしにかかる。

その先はバラけて何食わぬ顔で其々の塒に戻ったが、勿論現場は上へ下への大騒ぎである。

連日ニュースで大きく取り上げられ 犯人と思しきモンタージュ写真も全国にばら撒かれたがAとは似ても似つかぬシロモノだった。無理もない事である。

この事件は1975年12月10日時効をむかえた。


「さて、この物語はここから核心に入るが あと10分たらずだ」

話し続けて喉が渇いたのか 土方はシャンパンではなく水を口に含んだ。

茜は土方が話した物語がどの事件を指しているのか解らなかったが、要するに連日ニュースで取り上げられる様な重大な事件だと云う事は理解できた。そして、この三人の中の誰かが土方だと云う事も。


「三人はその後、計画通り一年は浮かれる事もなく普通に勤めていた」

土方が再び話し始めた。

先ず三人は時期を微妙にずらしながら会社を辞めた。2カ月後Aと弟が先にアメリカへ渡った。荷物の持ち込みが今ほど厳しくない時代だったが用心して、時間はかかるが船便を利用した。二人一緒の方が荷物の管理も目が行き届く。

その後兄は単身、飛行機で二人の待つマイアミへと向かったが、マイアミ郊外の待ち合わせのモーテルに二人の姿は3億円と共に消えていた。Aとは渡米する3日前まで電話で話している。モーテルの管理人によると、10日前二人が泊まっていた部屋で騒ぎがあった。部屋を引き払ったのは昨日の夜だったと言う。

兄は事件を疑い所轄のマイアミ署に出向いて驚愕の事実を突き付けられる。

一週間前、ハイウェイから少し外れた公道で日本人が運転する車が暴走し、崖から落ちて炎上した事件があったという。運転していた男も助手席の女も即死だったと云う。二人とも身分証明書はなく車は盗難車。兄は男女の事故後の写真を見せられ、白人の女は知る由もないが、男の方は紛れもない弟の顔だった。




                                                                            

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