第7話

「それで…どうだったかな?地獄を見た感想は…」土方は茜にひと通りの弔意を述べた後、無遠慮に訊いてきた。

土方は、めっきり足腰が弱って不自由だと嘆き 今夜出掛けるパーティーの身支度を黒服と茜に手伝わせながら、さりげなさを装いつつ茜の景色を伺っている。

茜は聞こえないふりをしてやり過ごそうと思ったが この至近距離では無理がある。

言いたくなければ黙っているしかない。

「言いたくないか…それならそれで構わんよ、いつか気が向いたらでいいが、私にはあまり時間がないことを忘れないでくれ」 茜は出かかった言葉を吞んで素知らぬふりをしていた。土方は追求せずアッサリ引き下がると「ありがとう、後はこの男がやるよ」と言って茜を帰した。黒服は終始テキパキと動いていたが茜の視線に絡んでくる事は一切なかった。

ミツエの情報だと、土方は茜が実家へ戻っている間にアメリカのミネソタ州とオハイオ州に飛び立ったらしい。土方はこの二州で経営権を握る農場を持っているのである。 日本に戻ってきたのは二ヶ月前だが、そのまま何処かのホテルに滞在し

「スターホーム」に帰ってきたのは二日前である。とにかく この手の情報はミツエの得意分野である。茜は、久し振りに見る土方の姿がたった三ヶ月の間に激しく老衰している様に見えた。90歳なのだから当然と云えばそうだが、逞しかった身体がひと回りもふた回りも縮んで 以前の迫力がないばかりか杖を頼っているのも驚きだった。


家が燃えていると知らせがあってから三ヶ月が経っている。

焼け跡から三人の焼死体が発見された。母 菫、父 惣二、祖母の喬子である。

火元は仏間と認定された。蠟燭の火が原因と警察から説明を受けたが、茜は内心全く別のいきさつを考えていた。

初島家のその後のドタバタは、まだ四十九日も終わらぬうちに勃発した。

茜の心情に寄り添って涙してくれたのは叔母のさくらと家族 そして奈津子だけであった。

茜が、やいややいやと権利ばかりを言い募ってくる親戚を他所に、インターネットで法律相談所を探したり、役所の法律相談窓口に足繫く通って自分の成すべき事を探っていた時 思いがけない人物から弁護士を紹介された。

「スターホーム」の施設長、東条寿子である。 裏でミツエが動いていたのは知っていたが、まさかそこまでやってくれるとは思わなかった。ミツエには頭が下がる。

施設長に紹介してもらった弁護士は「真心」の弁護士チームの一人である。特に施設長と懇意にしている訳ではないが、「真心」の社員と云う事で引き受けてくれた様である。それでも、茜にとってはグッと息が詰まる様な費用を提示されたが……


相続放棄の意思を伝えると弁護士は暫く絶句状態に陥ったが、何度も会見を重ねるうち 半ば諦める形で最後は茜の意思を尊重すると云う事で落ち着いた。

お家騒動は暫く続くだろうが茜にとっては知ったこっちゃない。

初島家は今でもこれからも「修羅の家」そのものだったからである。

茜はこの三ヶ月間大変だったが、恐らく、土方の身辺も相当な変化があった筈である。しばらく「スターホーム」に戻らなかったのも並々ならぬ理由があったはずだと茜は睨んでいる。


「スターホーム」でクリスマスイベントを行う旨の情報が広布されたのは10月下旬である。日本人の気性は実にユニークだ。猫も杓子もクリスチャンでもないのにクリスマスを一種のお祭りと捉え、クリスマスパーティーなどを生活の一部に取り入れてチャッカリ楽しんでいる。

11月中旬に「スターホーム」の外観もきらびやかなイルミネーションで飾られて

道行く人々の目を引き付けている。


暦が12月に変わると急に気温が下がり出した。茜は、少々風邪気味の土方からクリーニングに預けている厚手のガウンを取ってくる様頼まれた。

冬の室温は23度で管理されているが体感は千差万別である。事務所には一日中上げろ下げろの電話がかかってくる。保全員はその度に各部屋の中に取り付けられている温度調節器を操作しなければならないが、ここでは極当たり前の事だ。


「随分思い切った決断をした様だが……」 土方は杖に身体を預けながらいつもより弱々しい声で言った。 土方の前では茜のプライバシーなどないに等しい。

今更隠してもはじまらない。  「これでいいんです、何の未練もありません」

茜は、責任エリア入居者の日々の観察をデジタルだけじゃなく手書きでも記録している。そのペンを休むことなく動かしながら答えたが 「オレは…もう長くない、地獄に行く前にお前に聞いてもらいたい物語がある」 茜の指が止まった。「地獄?」

茜の呟きが聞こえなかったのか土方は続けた。 「23日がいい。24日は1Fホールで盛大なパーティーだ。どいつもこいつも仮装して茶番劇だ」 吐き捨てる様に言った後「必ず来なさい、いや、是非とも来てほしい」と、首を垂れた。茜は土方が首を垂れる姿を見たのは初めてである。茜は慌てて言った。 「土方さん、分かりました!23日は4Fの応援が多少入ってますが必ず伺いますから そんな事なさらないで下さい!」 「ありがとう、デイナーと一緒に待ってるよ」 土方の満足げな顔を見て茜はホッとした。

これまで、ホスピタリティとは何なのかを叩きこまれてきた茜にとって、相手を落胆させる、或いは裏切ると云う行為はあってはならない事である。人のお役に立つ事。

目の前で困っている人がいたら手を差し伸べる、できる限りを尽くすのがホスピタリティと信じているのだ。特に、ここ「スターホーム」ではそれがより強く要求されているのだった。




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