27匹目 首輪を買ってしまった……



「包んでほしい」

「かしこまりました」


 忙しい日々の中どうにか時間を捻出して、俺はこっそりマーケットに来ていた。目的は、前にノラと一緒に入った店のチョーカーネックレスだ。

 本来なら、トマスや護衛を連れないことはないが、バレたくなくて今日だけは一人だった。


「贈り物ですかな?」

「ああ」


 アンティークの細い金のチェーンにレッドスピネルがついている、本来なら非常に高価な代物だ。汚れているせいで黒ずみ、単なるガラス装飾に見えているが。ろくな鑑定士に出会えなかったのか、それとも曰く付きなのか。店主に聞いても流れ物で悪い物ではないとしか言わない。


「喜んでもらえることを願っております」

「ありがとう」


 何故惹かれたのかは、買ってもわからなかった。ただ、ノラに渡したくて仕方なかった。いつ渡そうか、なんて言って渡そうか。

 流れてしまって言う機会を無くしていたが、そろそろ婚約の話をしてもいいだろうか。その時にでも、これも共に渡して……。


「アンコラ小道で騒ぎが起きてるらしいぞ」


 船から降りてそんな話を耳にした時、嫌な予感がした。

 ……ノラは、今日も散歩に出掛けているのだろうか。

 仕事もあるし護衛もつけていないのだから、本来ならさっさと帰るべきだというのに、気がつけば足が動いていた。


「っでん……」

「トマス、状況は」


 細い小道の人ごみをかき分けて中心に行くと、人を押さえつけたまま、困り狼狽した様子のトマスがいた。そこで何が起きたかあらかた悟る。


「エレノア様がこいつに追いかけられて、俺取り押さえ、て、その間に誘拐されて、それで……」

「っそこのやつは衛兵を、お前はこの男を押さえつけてくれ!」


 周りの野次馬の中で動きそうなやつを選び指名する。押さえつけられた奴の明らかにヤバい目を見て、押さえつけるのでは足らないと思い、ついでに体重の重そうなやつに乗らせた。正気を失った人間は、何をするかわからない。


「行くぞ、そいつはどこへ向かった」

「あ、あっちの方に……」

「スラムの方か」


 なら、トマスの得意分野だ。元々ごろつきだからか、悪人相手ならこいつは強い。代わりに、狂人や一般人には弱いのは問題だが。


「見当はついているか?」

「ニ、三箇所ですが……」

「十分だ。案内してくれ」


 走りながら事情を聞く。二箇所目の酒場が当たりだった。怪しい店主に情報を吐かせ、襲ってきた客を殴り倒した。奥から出てきた誘拐犯の鼻をへし折り、地下へ進むと、縄を外し出て行こうとしていたノラがいた。無事を確認して、やっと息を吐く。

 よかった。また失うことにならなかった。


「っ!」


 思わず力をこめてしまいそうになった時、ノラに遠ざけられた。

 一瞬汗臭かったからかとも思ったが、結局やっぱり避けられていた。このまま婚約の話を出さなくてよかったが、それ以上に衝撃を受けたのは、


「なんで貴方が怒ってるんですか!」


 と言われたことだった。その時気づいた。

 言い寄ってきた男の話を聞いたあの時、誘拐した男を殴った時、心の中のどろりとした何かが蠢いていた。

 ……お前にノラの何がわかる。誰の大事な人に手を出している。渡すわけがないだろう。指一本でも触れるな。ノラは、俺のものだ。

 確かに、俺は怒っていた。そして、嫉妬と独占欲に塗れた自分に驚いた。


「……ノラに怒っては、いない。すまない、八つ当たりしてしまった」

「もういいですから、シーフードピザ食べたいです」

「ああ、俺が焼こう」



 あのチョーカーネックレスに惹かれた理由を、その時に理解した。なぜレッドスピネルだったのか、鏡に映る自分を見て気づいた。


「ノラは、これをつけてくれるだろうか」


 ノラには、自分の好きなように生きてほしい。

 が、同時に、汚い感情に塗れたこんなものを、俺の手でつけられたらと、想像する自分に吐き気がした。


 これは果たして、本当に愛と言えるのか、わからなくなった。

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