28匹目 シーフードピザとエドアルド様
さてあの誘拐事件から数日後、エドアルド様は朝早くからピザの生地をこねていた。
「ん? こねたいのか?」
「いや、別に」
懐かしくはあるけれど、別にそんな子供じゃ……あら、私何が懐かしいのかしら。思い出せないけれど、まあいいわ。
生地は強力粉、薄力粉、乾燥酵母に塩を全部混ぜたもので、これに冷水を加えながらこねていくらしい。
「まあ待て。発酵させなければならないんだ」
「え、ということはお昼には食べられない……?」
「夕食がちょうどいいだろうな」
平然とそう言うエドアルド様。もう口がシーフードピザになっているのに……。
「うまいものには手間がかかっているものだ。それは材料であったり、下処理であったり、工程だったり様々だがな」
「うぅ……」
「たくさん焼くから、たくさん食べればいい」
確かに魚が美味しいのは、海の人々の力の賜物だものね。
ああ、そう考えると余計に海鮮が食べたく……。
なんて考えている間に作業を済ませて手を洗っているエドアルド様。また会いましょう、ピザ生地。
そうして今日も授業を受けて、お昼ご飯のパスタを食べて、昼寝して。気が向いたから散歩して。気がついたら日が傾いていたので、急いで厨房に戻る。
「きたか」
どうやら今度はトマトソースを作っているらしい。マリーノ人はトマトに対する愛情がすごい。街を歩いていたら、「トマトソースの品種はぜっったいこっちだ!」「いや、お前のトマトソースは煮込む時間がだな……!」と喧嘩している大の大人をよく見かける。正直美味しければどっちでもいいと思う。
「あら坊ちゃんにエレノアちゃん」
「ロッソ夫人、使わせてもらっている」
「はいはい、話は聞いていますよ。エレノアちゃんは今日も可愛いわねぇ」
撫でてくれるロッソ夫人。あまりにもゴッドハンドすぎて、撫でてもらいやすいように頭を下げる癖がついた。
「そういえば坊ちゃん。料理人は殴っちゃいけないって教えましたよね?」
エプロンをつけながらそう言うロッソ夫人。あ、エドアルド様が凄い冷や汗をかいている。
「そ、その、これには訳が……ごめんなさい。もうしません」
「そのもうしませんは何回目ですかね?」
「…………」
考えてみるとエドアルド様が結構腕っぷしが強いのは不思議だ。基本的に優しくていい人で、たまに目つきが悪い以外は暴力とは無縁そうなのに。
「エレノアちゃん、坊ちゃんはね……」
「すまない! 本当に絶対にもうしないから言わないでく」
「昔すごいやんちゃしてたのよ」
やんちゃ……やんちゃ? このへなちょこ王太子殿下が?
「体を鍛え始めたと思ったら、来る刺客をみんな殴り倒して。落ち着いたと思ったら、勝手に街に降りていって、そういう集団を壊滅させてきたり……」
その暴力的な人、ラブレターを読み上げられた乙女のように恥ずかしさで死にそうになってますけど。手で真っ赤な顔を覆ってうずくまって。トマトソース焦げますよ?
「ねえ、坊ちゃん? あの頃は尖ったハートでしたねぇ」
「許してください……もうしません……」
エドアルド様がトマトになったところで、ソースが完成したらしく、円形に伸ばされた生地に塗って、具材をささっと載せる。もちろんチーズは忘れずに。
「もうすぐできるぞ」
今度はピザ窯の方へ。職人のような手捌きでささっと窯の中に入れて……一分ちょっとしかしていないのに出してしまう。あれでも……。
「長い時間をかけて余熱し高い温度にすることで、短時間で焼く。これが美味しく焼くコツだ」
多分ドヤ顔したいのでしょうけど、できてませんよ。うーん、ピザの香ばしい匂いがする。
「ゴホン。カプリチョーザができたぞ。」
「かぷりちょーざ」
「シェフの気まぐれという意味だ。つまり具材が自由ということで、今回はアサリ、エビ、タコを用意した」
というわけで冷める前に食堂へ。
「いただきます」
熱々でチーズのとろけるピザを慎重に持って、元侯爵令嬢だなんて忘れて、大きな口を開けて食べる。そして広がる小麦の香りとトマトソースの深い旨み、油と塩気のチーズ。海鮮のムチムチでもにゅもにゅな食感が楽しい。
「む゛っ!!」
でも少し食べづらい。少しでも傾ければはじの方のタコがピザから落下してしまう。下にお皿があるからいいけれど。
「どうした? 殻の皿ならそこにあるぞ」
言われた通りピザの上に乗っているアサリを殻を外して乗っけ直す。最初から身だけを乗せれば……と思うけれど文化にケチはつけないわ。
いつのまにかぺろっと一枚目は食べ終わっていた。
「エドアルド様……」
「わかった。わかった。焼くから待ってろ」
いつも通り、私が食べているのを見ているエドアルド様。それだけなのに、こんなに美味しいのだから食べて欲しい、と思うのは変かしら。
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