26匹目 怒っているエドアルド様
適当についた嘘だったはずが、本当に迎えにきてくれていた。髪の毛をしゃくしゃに乱してまで。
「えっと、無事で……み゛ゃっ!!」
見ての通り全くの無事ですと手を広げたら……抱きしめ、られ……。
「うん、どこも折れてないし、打ってもなさそうだな。無事でよかった」
いや、ただの触診だった。あちこち色気もなくペタペタと触られ、痛くないかと聞かれた。いや、痛くないですけど。なんというか、エドアルド様らしい。優しい心配性なだけ。あの視線はどこへ……。
「っ!」
思い出したら恥ずかしくなって、いつものように距離の近いエドアルド様を遠ざけた。
傷ついたような顔をしたって許しませんよ。
「とりあえずここから出ましょう」
「……ああ、そうだな」
酒場の入り口の方へ行くと……死屍累々だった。いや多分死んではいないのだろうけど。伸されたおじさん。おそらく違法なことをやっていたのであろう酒場の店主にお客……。というか伸されたどころか顔面を殴られてる……? 鼻血が出てるわ。
「……この人たち、どうするんですか?」
「衛兵に引き渡すに決まってるだろう」
「でも、金貨一枚で済む話だったのに」
少なくとも、このおじさんは。すると、エドアルド様は首を振った。
「だからといって、見逃すことはできない。罪は罪であり、俺が許してしまえば秩序が崩れかねない」
語る横顔は酷く硬かった。おそらく殴ったのであろう右手をハンカチで拭く。
「すべてを助けることはできない。例えそれを望んでいても、根本から直すしか、方法はないんだ」
そう言い残して、酒場を出た。うん、埃っぽい地下室よりも空気がいい。まあ、別に狭い部分は嫌いじゃなかったけれど。
「帰るぞ」
「はぁい。…………?」
あら?
こうして落ち込んで項垂れているトマスさんと……なぜか少し怒った様子のエドアルド様と一緒に船に乗る。
なんだかずっと不機嫌なオーラを滲み出している。またトラブルを起こしやがってというやつかしら。でも今日は不可抗力よ。
「ごめんなさい」
「……頼むから、危機感を持ってくれ。海賊の件だってそうだ。いくら心臓があっても足りない」
その言葉を聞いて、怒っているのはエドアルド様のはずなのに、なぜか私も怒りが湧いてきた。心配してくれているのはわかるわ。大事にしてくれているのもわかる。けれど……。
「そもそもエドアルド様のことで悩んでなければどうとでも出来ましたが??」
こんな私らしくもなく変に気を取られていなければ、そもそも気配であんな人たち遠ざけられていた。それに、捕まったってもちゃんと自力で出てきている。
「そもそも、怒っていたのは私です! なんで貴方が怒ってるんですか!」
「やっぱり避けていたのか!? いや、それより、俺が、怒っている?」
「怒ってるじゃないですか!」
ここまで避けられておいてちゃんと気づいていなかった鈍感さは、この際置いておいてあげます。
怒っている自覚がなかったのか、口元に手を当てているエドアルド様。
「……ノラに怒っては、いない。すまない、八つ当たりしてしまった」
エドアルド様が八つ当たりなんて珍しいもの見たかもしれない。というか、なんだろう。この人自身もよくわかっていないのかもしれない。途端に今までの自分が馬鹿のように思えてきたわ。
吹っ切れたら、お腹が空いた。向こうからいい匂いがする。これは……。
「もういいですから、シーフードピザ食べたいです」
「! ああ、俺が焼こう」
別に作って欲しいわけじゃないけれど……でも、エドアルド様が作ってくれるのなら、それがいい。最近、エドアルド様の
船から降りて、屋敷に入る。
「ただいま帰りました、エドアルド様」
「ああ、おかえり」
エドアルド様は、少し安心したような表情で頭を撫でてくれた。うん、エドアルド様は不機嫌な顔よりも、あの変な視線よりも、こっちの方がいい。
後でトマスさんから船で暴れないで欲しいと言われた。そして、あの求婚してきた男の人は婚約者に浮気されて情緒不安定だったらしいことを教えてもらった。大きな事件になる前に抑えられてよかった、なんて。まったく、私からすれば災難な日だったのに。
……そういえば、エドアルド様ってば、私じゃないなら、誰に怒っているのかしら。まあ考えてもしょうがないから、昼寝するけれど。
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