25匹目 ちょっとお散歩行ってきただけなのに
「ああもう、なんで私がこんな悩まなければいけないの」
じんわり汗のかく昼下がり。城下町を早足で歩く。モヤモヤして昼寝もできなくて、何かおもしろいことでもないかと飛び出した。
少し避けている間に、エドアルド様が忙しくなってしまって、気まずい時間が長引いている。とはいえ今更自分から執務室に行くのは、嫌。
「結婚しましょう!」
急に角から現れた知らない男の人。手には花束。
「え、誰」
ただ、そう言っただけだった。今更常軌を逸した目に気づく。
恋人じゃないか。僕の婚約者だろう。他に好きな人がいるのか。浮気だな。
私の好きな人なんてこっちが聞きたいわよ。お祖母様方とは違う愛してるって何?
……いや、そもそも一応子爵家の養女だから平民とは結婚できないし、貴方誰なの、誰との妄想って話だわ。
「クソおおおおおおお!!」
黙って考え事をしていると、なぜか泣きながら襲いかかってきた。
ゲッ……さっさと逃げればよかったわ。
するりと避けたところで、後ろからトマスさんが出てきて、男を締め上げる。私としてが油断してたわ。
「それにしても、どうしたらあんなに狂え……え?」
マーレリアの入り組んだ横道から出てきた人に、攫われた。
状況を理解しようとしてもエドアルド様とさっきの人がチラついて、逃げる間もなく知らない酒場の地下に閉じ込められていた。
そうして私を椅子に縛ったと思えば、どこかに行ってしまう。
「占いとか信じないタチだけれど、今日運勢最悪だったりするのかしら」
そう独りごちた時、急に扉が開いて、はげちゃびんの黒サングラスのおじさんが現れる。
「おい、娘! 変なことしたら承知しねえからな! 余計なことすんなよ!」
なんて怒鳴っては扉を閉めて去っていった。案外早いお帰りだったのにまたすぐ行っちゃったわ。
……まあいいわ、とにかくここから出ましょう。
この程度の縛り具合ならまあ、抜けられないこともないけれど、もうちょっと緩い方がすぐに抜けられるわね。
「おい、むすめぇ……?」
「グスッ、うぅ……痛い……」
「ど、どこが痛むんだ!?」
暇なのかしら。案外早くドアが開いてしまった。ので、とりあえずは嘘泣きで攻めましょう。古典的かつ簡単。初心者におすすめなやつ。
「足と手が……緩めてください」
「わ、わかった緩めてやる」
そうして、まあ抜けられないだろう程度には緩めるおじさん。ちょろすぎないかしら。誘拐犯にしてはぬるすぎよ。あと、私ならそれ体を捩らなくても抜けられてしまうわ。
「どうだ?」
「大丈夫です。ありがとうございます。優しい人でよかった……」
まあでも都合がいいわ。畳み掛けましょう。
いい人ですね、ということで好感度と罪悪感を上げる。思惑通り胸が痛そうな顔をするおじさん。さてもう一押し。
「おじ様はどうしてこんなことを……?」
「っお、お前には関係ないだろ! 俺だって、こんなことしたくてしてるわけじゃない」
なるほど。小市民がお金に困って衝動的に犯行に移したケースだわ。となると、私が貴族とかそういうのお構いなしに、浮浪者ではないだろうからと誘拐したのね。
「っお前は金持ちの家の娘だろ。俺の親父の薬代くらい……ささやかなもんだ」
聞いてもいないのにべらべらと話すおじさん。予想的中といったところ。
貴方のせいでエドアルド様がまた膝上軟禁してきたら困るのだけれど。今は絶対嫌なのに。
「かわいそうに……ここにお父様からなにかあった時にと持たされた金貨がありますわ! これでなんとかできませんか?」
実際はエドアルド様に「何か店のものを壊してしまったりしたら、これを使え」と渡されているものだけれど。私をなんだと思っているのかしら。
「なっ……金貨、だと!?」
「ええ、そうで……あら、なんだかドアが開いた音が……」
こうして油断させたところで、ハッタリをかます。誘拐しておく意味がない、ここで捕まったら困る。そう考えているはず。
「勘づかれたか!?」
……チョロすぎるわ。本当に出ていってしまった。
でもまあ、もしもあの漁港で、エドアルド様と出会っていなかったら、こんな未来もあったのかもしれないわね。
「さ、帰りましょう」
というわけで邪魔な縄を外して、開けっ放しの扉から出て行こうとした時だった。
「ノラ! 無事か!?」
「え……」
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