十三匹目 あぁ、あれですか? 見えますよ?



「いやだわぁ。昨日うちの旦那がシーツにワインこぼしちゃって洗ったのに」

「生乾きは臭うわよねぇ。海も荒れそうだわ」


 今日は珍しく大雨が降っている。屋敷ではメイドさん達が井戸端会議をしていたり、庭師のおじさんが悲しそうに室内の緑に水をやっていたり。私もなんだか体が重くて眠いのに、中庭はびちょびちょ、部屋は暗くてどうにも寝づらい。悩みに悩んだ末、


「そうだ、エドアルド様の執務室に行こう」


 前に用事があっていった時にいつでも来ていいと言ってくれたし。あそこは書類仕事をするから明るいし。

 廊下を歩いていると、なんだか何かを感じた。ゾワっと、ピリッと。何かしら。


「失礼します」

「っノラか。入るといい」


 インクと紙の匂い。相変わらず書類の山が所狭しと置かれている。それに埋もれるようにエドアルド様がいた。そしてその後ろに二人、知らない青年がいる。


「お客様がいらっしゃっていたのですね。失礼しました」

「……は? 客?」

「え、後ろのお二人は?」


 バッと後ろを向くエドアルド様。後ろの人たちは苦笑いしている。気づいていなかったのか……


「誰も、いないが?」

「へ?」


 青ざめ狼狽えているのに嘘はなさそうだと目を凝らす。あれ、透けてる……?


「ああ、お客様じゃなくてお化けでした」

「ひっ!」

「随分と身なりがいいですし……貴族の方でしょうか?」


 なんて観察していると大きな音がした。どうやらエドアルド様が椅子から落ちたらしい。そのままこちらへ向かってきて……ひしと捕まって私の背後へ隠れた。いや、私より身長高いんだから隠れられてないですよ?


「あばばばばばばばばばばば」

「……え、怖いんですか?」

「ば、馬鹿言うな! こ、怖くないやつがどこにいるんだ!? おばけだぞ!? 物理攻撃が効かない相手にどうしろと!?」


 わぁ……滑稽。というか怖いの基準そこなんですね。ほら、後ろのお化け二人も笑ってますよ?


「そ、そこにいるのか……」

「ええいますよ。エルアルド様と同じ金髪の方と銀髪の方が」


 あれ、よく見ると銀髪の方の目元が、金髪の方はなんだか雰囲気が……。


「エドアルド様に似てる……?」

「は?」


 思わずそう呟くと金髪のお化けの方がブンブン首を縦に降る。銀髪の方がそれを見て呆れた顔に……。


「まさか、兄上達……?」


 どうやらそうらしい。お化け二人は満足そうな様子だ。金髪の方なんて手を振っている。……けれどエドアルド様ときたら、より怯えて顔の色を失っている。なぜ……。


「やはり、俺を恨んで……」


 自分を責めるように俯いたエドアルド様に二人とも慌てて近づいてきて違うと首を振ったり、撫でたり。触れていないけれど。


「いや、全然恨んでいないらしいですけど」

「そんなわけはない。俺はあの時、一人悠々と離宮で過ごして、何もしなかった。俺は……」


 この王家、何があったのだか。別に私に関係はないけれど……。でもまあ、エドアルド様がこんなに落ち込んで自分を責めているのは……あんまり気分がよくない。


「ちゃんと見てくださいよ。見えないでしょうけど。……今、金髪の方がエドアルド様の背中を、銀髪の方が頭を撫でてますよ」


 背伸びをして、銀髪の方の動きに合わせて頭を撫でる。銀髪の方が嬉しそうに微笑んだ。……ああ、この人って、口元も似てるのね。


「恨んで、いないのですか……?」


 あどけない顔をしたエドアルド様に金髪の方が背中を叩く。ああ、銀髪の方が注意してるらしいわ。いや、透けているから痛くも何もないと思うのだけれど。

 ……ん!? 違和感を感じて瞬きをした。


 ゴロゴロゴロゴロ……ピシャッ!!


「っみ゛ゃああああ!!」


 雷っ!? 音が大きい!

 ないはずの毛を逆立てて目をカッと開いた時……


「ってあれ、いない……」

「……いってしまったのか?」


 もうすでに、お化けの二人はいなかった。

 憑き物が取れたような……いや本当に取れたエドアルド様は安心した様子だ。けれど、私としては……。


「……雷が怖いのか?」

「音が嫌いなんです。そっちこそお化けが怖いくせに」

「それとこれとは別だろう」


 自分の怖いものがいなくなったからって! 今度あのくる途中にあった廃村に連れて行こうかしら。夜はいっぱいいたもの。

 ……その後、追加のインクを買いに行っていたらしいトマスさんが帰ってきて、救世主かと思ったのだった。

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