21匹目 それって本当に反抗期だったんですか?



「これ、どうしようかしら……」


 右手にはオリーブオイルの瓶。左手にはタコがうねうねしていた。


         *


 あの後、どうにかエドアルド様の元にちゃんと帰ると見せつけて、やっと膝上軟禁生活からおさらばできた。その頃ようやく子爵家の養子にもなれてやっと一安心……と思いきや、これが案外忙しい。


『これからよろしくお願いしますね、エレノア様』


 まず、家庭教師がついた。先生はこの国の伯爵夫人らしい。基本的に朗らかで優しいけれど、怒ると怖い方だ。言語はネイティブとまったく遜色がないとお墨付きをもらって免除してもらえたけれど、それでも学ぶことは多い。

 ああ、お婆様の元で王妃教育を受けていた日々を思い出す。一日であんなに復習してたくさん学んでテストして……。今考えると、私凄かったわ。絶対戻りたくないけれど。


『はい、今日の授業はここまでです。エレノア様は基本ができていらっしゃいますし、筋がよろしいですね』


 あとは、厨房に行ってロッソ夫人……いや、義理のお祖母様にお話を聞いたりする。


『こうして我が家は二百年前に海産業で頑張りを評価され、庶民から男爵、子爵と徐々にお家が上がってきたのですよ』


 なんと、養子として迎え入れてくれたのはロッソ家だった。ロッソ家の人たちは愉快でお人好しで中立的で……とにかくいい人たちだった。たまにちょろっと遊びに行く。



 そんなこんなで、最近暇がない。でも、その分制限が緩くなって、結構自由に動けるようになった。

 だから、予定のない日には王都をお散歩したり、ちょっと手伝いをしてお小遣いを稼いだり色々している。なぜかトマスさんが十メートルくらい後ろで見張ってくるけれど。

 ……多分、原因はエドアルド様。心配性もすぎると体に良くないと思うのだけれど。まあ、いいわ。


 というわけで今日もぶらぶらと散歩していたら坂道の上の方からゴロゴロと瓶が転がってきた。

 日に照らされて光っているし動いているしで……気がついたら全部拾っていた。そうしたら落とした人がお礼にと一本くれた。

 瓶を持ったまま歩いていると、今度は逃げ出している二、三匹のタコを発見した。捕まえたら一匹くれた。


         *


「エドアルド様、これあげます」

「……今度は何をやらかしたんだ?」

「人助けしたらもらったんですよ!」


 人聞きが悪い。まるで人がいつもやらかしているみたいに。

 こうして家に帰ってきて一番最初に出会った人……エドアルド様に押し付けた。


「それにしてもピュアオリーブオイルにタコか……」

「人助けしましたよ? あげましたよ?」

「わかったわかった。ご褒美に何か作ってやる」


 嬉しそうだ。理由をつけてこうやってご褒美をねだると、エドアルド様は嬉しそうな顔をする。


「そうだな……アヒージョでどうだ?」

「あひーじょ?」


 ここら辺では聞いたことがない。外国の料理だろうか……でもそれにしては言語感が似ている。


「海を挟んだ向こう側にある、親交の深い国の料理だ」

「ああ、ティエラエールの」

「もう学んだらしいな。アヒージョはオリーブオイルとガーリックで海鮮を煮たものでな……」


 海鮮……じゅるりとよだれが出て、エドアルド様がハンカチで拭いてくれる。


「今日の夕飯はこれで決まりだな。……トマス、あの件の続きは夕飯後に処理することにした。机はそのままにしておいてくれ」

「御意」


 そしていつのまにかエドアルド様の背後に立っていたトマスさん。今日も尾行ご苦労様です。

 エドアルド様がタコを鷲掴みにしたまま厨房へ向かう。一日に二度も鷲掴みにされて可哀想なタコさん。これから食べるのだけれども。


「あらあら、アヒージョですか。懐かしいですねぇ」

「ああ、久々に作ることにした」


 ロッソ夫人がうふふと笑っている。前にこっそり聞いたことには、エドアルド様は反抗期に外国の料理を作るのにハマっていたのだかとか。独特な反抗の仕方だわ。


「さ、作り始めるぞ」

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