12匹目 ペスカトーレは具沢山
「……馬子にも衣装とか言って申し訳なかった」
「何です急に」
「いや……ちゃんと元侯爵令嬢だったんだな」
やってきたのは王城に近く海を一望できる完全個室の貴族御用達のレストラン。貴族はお抱えシェフに作らせて家で会食が当たり前だと思っていたのだけれど……貿易大国だからか自国の貴族同士よりも他国との方が多いらしく。こんな風にレストラン文化が発達したのだとか。
「調べたんですよね?」
「ああ、まあ……というかその話題をすべきだな」
食前酒のシャンパンを嗜みながらちょっと変なものを見るような目でみてくるエドアルド様。おつまみのような形で出てきたオリーブオイルの塗られたバゲットを食べる私。
「食客扱いだった記録は、調べ終わった時に消去してある。金は例の有り余っている方から出していたから問題はない」
「……それは国庫から出すべきなのでは」
「元々国外追放されるような悪人に見えなかったからな。それに記録が消せなくなる」
そもそもなぜ記録を消して……、ああ、王太子殿下が同じ屋根の下に年若い平民を匿っていたなんて残せないわよね。……あの元婚約者様ならやりかねないけれど。
「あの時出て行っていたとしても、男と同じ家で過ごしていたなんて記録はない方がいいだろう」
「……え、私の方?」
「それはそうだろう。俺は何も問題ない」
やっぱりエドアルド様じゃなくてお人好しさんと呼ぼうかしら。
とそこで前菜が運ばれてくる。小エビのサラダだ。シャキシャキとプリプリ、まろやかでありながら酸味が引き締めてくれるドレッシング。
「で、離宮に居続けるとしてそれなりの身分が必要でな。信用のおける家の養子になってほしいんだが」
「……養子」
「身分が高いわけではないがずっと王家に忠誠を誓っており、常に中立を守ってきた家だ」
もちろん交流を深めるか深めないかは好きにしてくれ……ってなるほど。私今姓がないですものね。
そして次に運ばれてきたのは温かい方の前菜、フリッタータ。オムレツのような感じでカリッとした食感。ハーブの香りが鼻を抜ける。その後少し無言が続いている間にスープが運ばれてきたり。エドアルド様の視線がうるさかったり。
「……それで、その、大事なことなんだが」
ここできたのが、沢山海鮮が乗ったトマトソースのパスタ。目を引くムール貝に、アサリ、ホタテ、イカにエビ。なんて素晴らしいのかしら。
「はぁ。これはペスカトーラ……いやペスカトーレという」
「ぺすかとーれ?」
「漁師という意味だ。元々は漁師たちが食べる売れ残りをトマトで煮た物だが、ここのものは最高品質のものを使っている」
正式な料理名は海の幸でペスカトーラだが、とエドアルド様が一口食べたので私もパクリと。具沢山ゆえの濃厚でコクがあるソース……、なによりぎゅもぎゅもとしていてかみごたえのある貝やイカから旨みがじわぁっと。
「トマトと海鮮……!」
「頼めばおかわりもできると思うが」
「いえ、この後も楽しみなので」
第一の皿でここまでとは恐るべし貴族御用達レストラン……。ふとエドアルド様をみると口元を緩めて目尻をとろりと下げていた。うーん、なんか見覚えがあるわ。……そう、ロッソ夫人が撫でてくれる時と同じ顔。
「うまいか? っえ、エレノア」
「……私の名前が言いずらいんですか?」
「そ、そそそそんなことはない!」
あからさまに動揺しているエドアルド様。フォークが震えてますよ。発音的にそこまで言いずらい気はしないけれど……母国語が違うし。
「ノラでいいですよ。そっちの方が呼びやすいのでしたら」
「っはぁ?」
もはや動揺を隠せず真っ赤な顔で防御の姿勢をとるエドアルド様。人の愛称を聞いたら死ぬ魔法にでもかかっているのかしら。
「嫌なら別に……」
「っ嫌ではない! …………ノラ」
そして次の皿が運ばれてきた。
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