十一匹目 チュールってもう響きが美味しそう



「やっぱりこっちのチュールの方がいいわよぉ」

「えぇでもそれなんか機械とかいうものを使っているのでしょう?」


 昼寝から目が覚めて、屋敷を散歩していると何やら聞きづてならない単語を耳にした。

 ……チュール!?

 声のした方へ駆け足で向かって、勢いよくドアを開ける。そこには美味しい……美味し……美味しくないドレスがたくさん積まれていた。


「あら、エレノア様いいところに。これ着てみてくださいな」

「っていやだわこれ秘密だったんじゃなかったかしら」

「まぁ、私ったらやっちゃったわ」


 察するに、どうやらこれは私へのプレゼントらしい。そしてこんなのを贈ってくるのは一人しかいない。他の人は食べ物をくれるから。


「早々にバレたか。下の階まで声が響いていた」

「申し訳ありません殿下」

「いや、別にいい……が」


 チラッとこちらを見てくるエドアルド様。この方は最近、食べ物の他にも何かと理由をつけて色々くれる。毎回、お前のためじゃないんだからなという感じで。今日もきっとそれなのだろう。


「こんな高そうなドレス着る機会がないのですが」

「いや、どちらに転んでも必要だから買った」

「血税で無駄遣いを……」


 服なんて食べられないのに勿体無いと思ってそう言うと、エドアルド様は目をかっぴらいて一瞬固まった。え?


「まさか、俺が国税を使っていると思っていたのか?」

「王族はそういうものでは……?」

「これは俺が昔商学の勉強をしていた時に貯めていた小遣いだ。なかなか大きな取引だったせいでむしろ金は持て余している」


 そんな国民が稼いだ金で個人的な贈り物をするわけがないだろう、馬鹿王子じゃあるまいし……って、元婚約者様はその馬鹿王子だったのですが。今や国で聖女とか呼ばれているらしいアリアさんに思いっきり宝石とかプレゼントしておりましたが。


「まあいい。国が違えば常識も違う。その顔を見るに母国ではそれが普通だったのだろうな。信じられないが」


 じゃあ、この間くださった貿易品の高級鰹節と鰹節削り機も、ヴィンテージの鈴も、全部ポケットマネーから出していたの? どれだけ大きな取引を……。


「……え、襟の部分が気になるものはないか?」

「いや、特には」


 そもそもこのドレス胸元が空いてますし。襟が存在しないのでは?


「え、絵みたいに綺麗だろう?」

「……はい?」


 何が言いたいのかさっぱりわからない。変なエドアルド様。はっきりしてくれないかしら。


「っえ、エレノア。お前の調査が終わった」

「やっとですか!」

「結果として、好きにしてもらっていいと判断した」


 どうやら冤罪だというところまでしっかり調べてくれていたらしい。これで悪女だから牢屋行きだったらいますぐどこかの商船に紛れ込んで別の国へ密航するところだったわ。よかった。


「だが、俺は、ここにいてほしいと思っている」


 ん、今なんて?

 思わずエドアルド様を見上げる。真っ赤な顔を隠すように腕で口元を隠している。照れてる……?


「もしここにいてくれるなら、この中のドレスを着て、一緒にディナーに行きたいと思っている。出ていくとしても、餞別としてやる。売ればそこそこ金になるだろう」


 ……そんなの、どちらを選ぶかなんて決まっている。


「じゃあこの黒いチュールのドレスで。もちろん海鮮料理のお店ですよね?」

「……っああ。ああ!」


 いつ行くのかしら。おうちで食べるご飯もいいけれど、プロが調理したものもまた別の良さがある。ああ、新鮮な魚介……。魚介……?


「どうせチュールなら美味しいのがよかった……」

「ん? その食べ物のチュールとやらはどんなものなんだ?」


 確か棒みたいで、いい匂いがして……。


「マグロ味のペースト状で、なんかたまにもらえるとっても美味しいもの?」

「なんだそれは。どこの料理だ」

「…………ど、こ、だったかしら?」


 思い出せない。確か、雨宿りをしていて隣にいた人間が……いや、私雨宿りなんてしたことないわ。


「まあいい。手探りで作ってみるか」

「え、作ってくれるんですか!?」

「まだうちにいてくれるようだからな」

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