9匹目 市場は危険がいっぱいなのね
「というかさっきから食い物ばかりだな。何かそれ以外で欲しいものはないのか?」
「別にないです。あ、あっちのやつ美味しいそう……」
「こら、引っ張るな。買ってやるから待て」
屋台で売られていたのは、や……野菜スティック? 確かに魚の匂いがしましたのに……。
「バーニャカウダだな。夏に売っているのは珍しい」
「おっ! お嬢さんお目が高いですね。うちのはアンチョビが多めで旨みが強いのが特徴なんですよ」
「アンチョビ……!」
赤と黄色のパプリカにズッキーニ、セロリが棒状に切られてカップの中に入っている。見事に初夏の野菜ばかりだ。アンチョビの旨みが染みて……至福。
「山岳地帯のうちの故郷の料理なんです。夏でも食べてほしくって」
「……どうやら連れも気に入ったようだ」
その後も歩いていると、ある船の前でエドアルド様が足を止めた。どうやら、骨董品やアクセサリー類を扱っているらしい。寄っていいかと聞かれたのでどうぞと着いていく。一世紀前の香水瓶や他国との交易品などなど……エドアルド様がじっとみていたのはチョーカーネックレスだった。なぜ……貴方はつけないでしょうに。
「……なぁ……いや、なんでもない。なにか欲しいものはあるか?」
どうやら買うのを諦めたらしい。一通りぐるっとみるけれど、特には……。首を振る。
「すまない、またにする」
店主にそう告げて船から降りる。そう言って何も持っていないことをアピールしないと泥棒と勘違いされてしまうこともあるのだとか。
さて、次は何を食べようか、と思った時だった。
「きゃーーー!!私のバッグが!!」
女性の悲鳴。そしてこっちに向かって逃げている泥棒。よくみるとショルダーバッグだ。それはバレるに決まっているでしょうに……。
「トマス」
「はい、エドアルド様」
エドアルド様の一言で、トマスさんが一瞬にして泥棒を締め上げた。まるで飼い主と猟犬のよう。おお、鮮やかだわ。そして騒ぎになってきて。エドアルド様はどうやらこういう事態に慣れているのか、騒ぎを聞きつけてきた衛兵に事情を話していた。
……だから、本当は二人組だったなんて気づきもしなかった。
「っこいつがどうなっても知らねえぞ!」
いつのまにか人質にされていた。エドアルド様は青ざめ、トマスさんは驚愕している。私も驚いております。なぜこうなっているのか。
「兄貴を解放しろ、さもねえと……」
「…………臭いわ」
下水道の臭いが染み付いているというか。もしかしてそこに隠れていました? そんな服を着て拘束しないでちょうだい。
耐えられなかったので腕の中からするりと抜けまして。私を人質にしたいなら海鮮の匂いをつけておいた方がいいわよ。
「「「は?」」」
スッとエドアルド様達のところに戻ると、なぜか周りの人々が固まったまま口を揃えてそう言った。そんなに大人数が同調するなんて、仕込みか何かかしら。
「ったく、なんなんだ!」
一番最初に動いたのはエドアルド様で、目をぱちくりとさせている泥棒をぶん殴って床に叩きつけた。細いと思っていたけれど、案外力があるのね。
「トマス、あとは頼んだ。おい、これ以上騒ぎになる前に帰るぞ」
「えぇ、まだ食べたいものが……」
「また連れてきてやるから! まったく、お前の体はどうなっているんだ。柔らかすぎるだろう!」
エドアルド様に腕を掴まれ、人ごみの中を走る。ちょ、力強いですって。後ろを振り向くと、本当に騒ぎになっていた。
「って、あっ……」
「っクソめ」
何かを踏んだと思ったらエドアルド様を巻き込んで勢いよく転ぶ。おそらくあれは、イカ……?
そしてそのまま人気のない狭い運河に落っこちた。水は嫌だ。水は嫌だ。水は嫌だ。ピャッと飛び上がりすぐに橋の上に登る。濡れてしまった……。
「落としたやつが先に上がりやがって……」
エドアルド様もびしょ濡れだ。でも言葉とは裏腹に少し楽しそうにしている。それにしても、イカで滑って落っこちるなんて。
「市場って危険がいっぱいですね……」
「絶対、落ちたことしか言ってないだろ」
翌日、新聞に「謎の軟体少女」と大きく書かれていた。どうして……。軟体なのは昨日踏んだイカなのに。
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