10匹目 私、市場の子になりたいです



「昨日、楽しみにしておくようにと言ったのは覚えているか?」

「んにぇ……じぇんじぇんおぼえてまぜん」

「だろうな。そうでなければもっと早く用意をしているはずだもんな」


 ある日の朝、朝食を食べながら寝ぼけていると、エドアルド様が見るからに怒っていた。そういえば昨日寝る前に言われたような言われてないような。半分寝ぼけて頭突きした時でしたっけ……? 背中を強打してしまってごめんなさい。


「まぁいい、なるべく華美じゃない服を着て、玄関に来てくれ」

「……おでかけですか?」

「そうだ」


 華美じゃない服、お出かけ、玄関……もしかして。


「マーケット!?」

「……しょうがないとはいえ、せっかくマーレリアに来たのにずっと家の中というのも、と思ってな」

「お魚っ! お魚っ!」

「やっぱりそれか」


 そうして走って部屋に戻って、メイドさんに相談して町娘風の服装に着替えまして。

 カルパッチョの日にエドアルド様に聞いたところによる水上マーケット。王都で朝早くから昼下がりまでやっていて、主要となる運河はもちろん、路地にも船が立ち並び、その中で売買が行われるのだとか。

 売られているものは朝取れた新鮮な魚介から骨董、交易品に至るまで様々なんだとか。


「準備はできたか?」

「はいっ!」


 玄関に行くと、庶民と変わりない服装と変装で顔を隠すために軽いスカーフを首元に巻いていた。後ろに筋肉もいる。


「ご機嫌だな……。ああそうだ、護衛にはトマスがつく。その、あまりいじめないでやってくれ」

「そんなことしませんよ。よろしくお願いします」

「……よろしくおねがいします」


 ない尻尾をダラリと下げて、シュンとしているトマスさん。あれからというもの、噛み付いてくることもなくお互い平和に暮らしていたのに……、そんな怖がらなくても。


「じゃあ、行くか」


 相変わらずゴンドラに乗る。やっぱり水は嫌いで、嫌がって一悶着あったけれど割愛。王都の路地で降りて、曲がって進んで曲がって進んでくねくねと。本当に市場に向かっているのかしら。


「これが近道なんだ」

「……慣れてるんですね」

「視察もそうだが、お忍びでもよく来るからな。ほら、はぐれないように手を……」


 あ、ネズミ。チョロチョロして……捕まえたら褒められるかしら?

 こう、足に力を込めて……。


「こら!」

「ぬわ゛っ!」


 突然後ろから首根っこを掴まれた。振り向くとエドアルド様が怒っている。


「どこへ行く! 迷子になったらどうするんだ」

「いや、そこは逃げるなではなく……?」

「そんなことはしないだろう。ほら、手を繋いでおくぞ。ここからは人が多い」


 そうして無理やり手を繋がされた。子供ではありませんのに……。そしてネズミは勝ち誇ったようにこちらを一瞥して逃げていった。次見つけたら絶対に捕まえてやるわ。


「ついたぞ、ここがカナルマーケットだ」


 細い路地を抜けた大通りには話に聞いていた通り、色とりどりの船がたくさん並んでいた。魚を売る人の活気ある呼び込みや、ご婦人たちの値切る様子、子供たちの笑い声でとても賑やかだ。それに髪の色も、目の色も、肌の色もみんな違う。あれは東方の民族で、あっちは北方の特産品。


「凄い……」


 色々な匂いがする。お店もこんなにいっぱいあって……。

 ん? あれは何かしら。小さいピザ……?


「可愛らしいお嬢ちゃん、おひとつどうだい? サービスするよ」


 差し出されたので思わず受け取ってしまう。やってしまったわ。ちらりとエドアルド様を見ると、しょうがないなといった様子でお金を出してくれる。

 とろりとろけるチーズにトマト、そして何より乗っているエビや貝、イカが美味しい! 新鮮だわ!


「……こんなにまけてくれていいのか?」

「あんなにうまそうに食ってくれるんだ、いいってことよ。デートかい兄ちゃん」

「……まあそんなところだな」

「次もご贔屓に〜!」


 進めば進むほど、色々な人から声をかけられて、買おうとすればまけてくれる。というか途中から何も買わなくても訳ありやあまりをもらうようになった。おかげで繋いでない方の手が料理やおやつ、食材でいっぱいに。


「市場って凄いわ……」

「いや、多分お前が特殊なだけで……」


 さては、ここにいたら毎日美味しいものが食べられるのでは……。


「っ私、市場の子になりたいです!」

「地域令嬢になってどうする!?」


 地域令嬢って……ここの人に養ってもらえるのかしら。エドアルド様に拾われてるんですから。冗談ですって。

 それより、あっちから良い匂いがする……。


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