15匹目 ……飼いたいって変だろうか



「ふぅ……」



 今年も、会食に出なくて済んだ。


『食べなくていいんですか?』


 エレノアに他意がないのはわかっている。ただ、疑問に思っただけだ。

 でも、聞かれた時、少し言葉に詰まった。


 ……俺は、あまり食うことが得意ではない。


 第三王子である俺が王位継承権第一位となったのには、理由がある。

 マーレリア王国は国土のほとんどを海に囲まれた商人の国。王制ではあるものの、商人の合理性によって平和を維持できていた。

 しかし、祖父の代の流行病により、狂い始めてしまった。現国王である父上と母上は立て直しに奔走していた。

 そんな隙を、商売がうまくいかず、没落しかけていた貴族たちは、見過ごさなかった。形勢逆転の目をそこに考えたのだろう。王位継承権を利用した権力争いが勃発した。


 そして、この国の第一王子と第二王子は、兄上達は、毒を盛られて死んだ。


『エド、早く元気になるんだぞ』

『兄上、声が大きいですよ。エドの体に障るでしょう』


 二人とも、病弱で離宮に引っ込んでいた、出来損ないの弟を、愛してくれていた。

 兄上達はお互いのことを嫌っていなかった。どちらが継いでもお互いを支えようとしていた。俺は兄上達の手足となれればと、なりたいと、そう思っていたのに。


 主犯だった貴族達は処刑された。間に合ったのは、残ったのは、誰からも期待されていなかった俺だけだった。


 そして飯が食えなくなった。


『坊ちゃん。作ってみませんか』


 ロッソ夫人には頭が上がらない。料理を作ることで、自分や信頼のおける者が作ったものなら、口にできるようになった。苦手ではありながらも日常生活には支障がない程度になり、俺は成長すると共に健康になった。


 王宮に戻った時、今度は父上と母上を恨んだ。

 一度生まれた闇を、渦中の内に全て消せるわけがなく、兄上達を殺した奴らはまだ残っていた。

 荒れて、荒れて、荒れて。


『怪我なんて、するものじゃない。死にたくないなら、冷静に考えたら?』


 仮面祭カーニバル中、王子でもなんでもない“俺”だった時に、知らないやつに、本気で怒られた。その後、俺の荒れ具合を聞いて戻ってきたロッソ夫人に死ぬほど反省させられた。そして、離宮で暮らすことにした。


 今はわかっている。一人で守れる量には限界がある。どれだけ頑張っても砂のように手からこぼれ落ちてゆく。


『婚約を破棄する運びとなりました』


 だからだろうか。他国の王族に嫁ぐことになったと婚約破棄を言われた時、ひどく安堵した。別に彼女が嫌だったわけではない。互いに恋愛はなかったが、信頼関係を築けていたと思う。なにせ俺が継承権第三位だった頃からの婚約者だ。


『貴方様にもいい出会いがありますように』


 彼女は満足げに笑っていた。

 そして安堵の代わりに次期王妃……婚約者探しが始まった。次期国王に婚約者がいないのは問題だ。しかし、貴族の娘を信用はできなかった。


『お、お腹減った……ごはんください……できれば海鮮料理……』


 ……そんな日々の中で、エレノアを拾った。あの日懸念していた通り、俺はすぐに変わってしまった。エレノアの顔を見ずには落ち着かず、いつまででも眺めてられる。たまに昼寝しているところを見かけると吸いたいと思う。

 危なっかしいのに強かなところに目を奪われ、それでも何に代えても守りたいなんて馬鹿なことを思うのだから、俺は次期君主失格だ。


『今日のご飯はなんですか?』


 物欲がなく、海鮮限定の食欲しかない。飯には愛想が良く、その他には興味を持つ素振りすら見せない。子供のような顔からクールに一変させる様子も愛おしい。興奮すると語彙力が下がる癖に、普段は母国語なのかと疑うほどに流暢に話すのだ。


エドアルド様魚をくれる人大好きです!』


 しかも一切恋愛感情もなく、平然とこう言ってのける。飯をやった後、ご満悦で。

 可愛くないと言ったら嘘になる。いやもはや可愛い。ずっと側で俺の作った飯を食っていて欲しい。いや、もはや……。



「なあトマス……飼いたいと思うのは変なのだろうか?」

「……はい? 飼う?」

「なんでもない、忘れてくれ」


 危なかった。トマスに本気で引かれるところだった。誤魔化すように、エレノアについての情報が書かれた書類をめくる。


 優秀な諜報員は様々な情報を集めてきてくれた。……家族の不仲、婚約者の不貞、冤罪。本来ならこんなに呑気にしていられないと思うのだが。どんな思考回路をしているのかと頭を抱えたくなる。

 この底抜けたお気楽令嬢を、どうにかして幸せにする。しかしどうやって釣ろうか。


「……やはり、海鮮料理か?」


 いや、それ以前に、名前で呼べるようにならなくては。恥ずかしいとはいえ、お前は酷すぎる。

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