10匹目 ……飼いたいって変だろうか



『俺はエドアルド・マリーノ。この国の継承権第一位の第三王子だ』


 ……第三王子である俺が王位継承権第一位となったのには、理由がある。

 マーレリア王国は祖父の代で流行病によって滅びかけた。今これほど回復しているのはひとえに国王である父上と母上が立て直しに奔走した結果だ。しかし、そこに目をつけたのが貴族達だった。余裕がないのをいいことに、王位継承権を利用した権力争いによって兄上達……第一王子と第二王子がどちらも死ぬこととなった。


 残った王子は俺だけ。病弱で離宮に引っ込んでいた、誰からも期待されていなかった俺だけだった。

 兄上達はお互いのことを嫌っていなかった。どちらが継いでもお互いを支えようとしていた。俺は兄上達の手足となれればと、なりたいと、そう思っていたのに。

 父上や母上を恨みグレたこともあった。あの頃を思い出すと、ロッソ夫人には頭が上がらない。今も離宮で過ごし、生活の面倒を見てもらっていて申し訳ない。

 だが、今はわかっている。一人で守れる量には限界がある。どれだけ頑張っても砂のように手からこぼれ落ちてゆく。しょうがないことだとは割り切れないが、理解することはできた。


『婚約を破棄する運びとなりました』


 だからだろうか。他国の王族に嫁ぐことになったと婚約破棄を言われた時、ひどく安堵した。別に彼女が嫌だったわけではない。互いに恋愛はなかったが、信頼関係を築けていたと思う。なにせ俺が継承権第三位だった頃からの婚約者だ。


『貴方様にもいい出会いがありますように』


 彼女は満足げに笑っていた。女は愛するより愛される事で幸せになれると聞いたことがあったが、こういう事なのかと思った。

 しかし、安堵の代わりに次期王妃……婚約者探しが始まった。次期国王に婚約者がいないのは問題だ。しかし、どれだけ探しても、まともな奴が見つからない。所作が整っていると思えば外国語が話せなかったり、逆も多かった。何より、下心で擦り寄ってくる貴族の多さにはうんざりした。兄上達の件を、忘れているわけがないだろう。


 ……そんな日々の中で、エレノアを拾った。あの日懸念していた通り、俺はすぐに変わってしまった。エレノアの顔を見ずには落ち着かず、いつまででも眺めてられる。たまに昼寝しているところを見かけると吸いたいと思う。


『え、婚約者様はいらっしゃらないですよね?』


 危なっかしいのに強かなところに目を奪われ、それでも何者にも変えて守りたいなんて馬鹿なことを思うのだから、俺は次期王失格だ。察しが良く変なところで察しが悪いところもおかしくてしょうがない。


『別にいらないです……あ、でもこの小エビのフリッタータは食べてみたいです』


 物欲がなく、海鮮限定の食欲しかない。飯には愛想が良く、その他には興味を持つ素振りすら見せない。子供のような顔からクールに一変させる様子も愛おしい。興奮すると単語を連呼するくせにして、普段は母国語なのかと疑うほどに流暢に話すのだ。


『今日のご飯はなんですか?』


 優秀な諜報員は様々な情報を集めてきてくれた。……家族の不仲、婚約者の不貞、冤罪。本来ならこんなに呑気にしていられないと思うのだが。経歴を考えるとどんな思考回路をしているのかと頭を抱えたくなる。


エドアルド様魚をくれる人大好きです!』


 しかも一切恋愛感情もなく、平然とこう言ってのける。……飯をやった後に。

 可愛くないと言ったら嘘になる。いやもはや可愛い。だからいまだにエレノアには調べ終わったことを言えていない。自分でも不誠実だと思う。ああ、いっそ……。


「なあトマス……飼いたいと思うのは変なのだろうか?」

「……はい? 飼う?」

「いや、忘れてくれ」


 そう言うと、トマスは相変わらずわかりづらい顔を強張らせた。


「俺が、います!」

「ん? ああ、いるな」


 何を当たり前なことを言っているのだろうか。

 とにかく、飼う云々は置いておいて……どうすれば、ここにいてくれるだろうか。やはり海鮮料理だろうか。

 ……しかし、いつまでもお前と呼ぶやつの家になんていたくないんじゃないか。


「恥ずかしいんだよなぁ……」


 いい年して、ただ一人の元令嬢の名前が呼べないだなんて。

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