6匹目 お魚くわえた悪役令嬢



「こら、何をしている」

「っ!?」


 み、見つかってしまった。

 気持ちのいい風の吹くお昼前、中庭には間抜けにも魚をくわえたまま立ち尽くす元侯爵令嬢の姿が。

 こっそり来たはずなのに、どうやって見つけて……。私はただ、生魚が食べてみたかっただけなのに!


「……仮にも貴族の令嬢が魚をくわえるなんてことあるのか?」

ふぁんふぉうふぁれたのへされたのでほほふぇす元です

「いや関係ない。というか汚いから、ぺっしなさい。ぺって、ほら」


 ああ、さようなら私の生魚。マーレリア王国の海は綺麗だから生でも食べられる魚があると聞いたのに。

 私から魚をとりあげると不思議そうな顔でこちらを見るエドアルド様。


「そんなに鯛が気に入ったのか?」

「いえ、新鮮なのが手に入ったとロッソ夫人から聞いて……どうしても生魚が食べたく……」


 あれからロッソ夫人からはよく可愛がられている。ロッソ夫人はいい人だ。撫でててくれるし適度な距離感だし。美味しいものをくれる。今日のこれだってじっと見ていたらくれたやつだ。


「生魚……なぁ。いくら新鮮でも流石に捌かないと寄生虫が怖い。厨房に行くぞ」

「作ってくれるんですか?」

「当たり前だろう」


 そうしてスタスタと厨房へ向かうエドアルド様。やったわ。待望の生魚が食べられる。物心ついたときからずっと食べたかったのよね。王都は内陸にあるし鮮度は悪いしで生なんてとても食べられる状況じゃなくてどれだけ歯痒い思いをしたか。


「……あっ」


 エドアルド様が忘れていたようにこちらを振り返り……デシッ!


「あだっ!」

「隠れて食べようとしていた罰だ」


 デコピンされた。全く痛くないけど痛い。思わず額を抑える。こんなことなら前髪を分けずに作っておけば……いやなぜか作れないのよね、昔から。


「今日作るのはカルパッチョだ」

「かるぱっちょ?」


 カルパス……じゃないか。パッチョンフルーツ……いやこれも違う、どこか間違えてるわ。

 私がそんな風に考えている間に準備を終えて丁寧に捌いていくエドアルド様。ロッソ夫人が言うには、昔小さい頃に直々に教えたのだとか。つまりロッソ夫人の弟子?


「うん、寄生虫はなさそうだな。生で食べられるぞ」

「っお刺身!!」


 エドアルド様はちょっとの砂糖を足した塩と胡椒をたくさん振りかけてお魚を締めた。


「よし、じゃああとは三、四時間後だな」


 え、今食べられるんじゃないんですか? 早くておやつ……?


「そ、そんな情けないような顔するな。こうやって水分を抜くんだ。料理というのはこういう手間を省いてはならない」

「お刺身……」

「せっかく食べるなら美味しく食べよう、な?」


 そう説得され、ちょっと気が向いたのでエドアルド様で遊び、お昼を食べて、昼寝をして。

 起きたら厨房に呼ばれた。どうやら続きをするらしい。


「水分を抜いた鯛を水でさっと洗って、レモン汁をかける」

「どうして水分を抜いたのに、水で洗うんですか?」


 それじゃあまた水分が入ってしまうのでは……。


「さっき抜いた水分には臭みなども入っているからな。表面に付着したそれを流すためだ」

「なるほど……」


 そうしたらそれを薄く切られた玉ねぎの上に盛り付けて。塩、胡椒にワインビネガー、マスタードとオリーブオイルを混ぜたドレッシングをかける。そしてレモンも。上からバジルやフェンネルを加えて。


「ほら、カルパッチョだ」

「わーい念願の生魚!」

「元々は肉料理なんだが、遠くの国が生魚で作ったらしくてな。少しブームになったんだ」


 せっかくだからお前がこっそり食べようとしていた中庭で食べるか、としたり顔のエドアルド様。いいですねと言ったら拗ねられた。解せぬ。

 ぶすくれたエドアルド様の周りをうろうろしながら向かった。お気に入りの大きな木の下に座っていただく。


「では遠慮なく」


 ぎゅもぎゅもっと噛めば、あまりの感動に震える。

 なんて素敵な酸味と白身魚のハーモニー。オリーブオイルとマスタードもいい仕事してる。待った甲斐があって、旨みが凝縮されていて……おいしい!


「そうか、うまいか」

「はい!」


 自分の分をそっちのけで私が食べている様子を見ているエドアルド様。料理を作った人ってみんなそんな風に食べてる人が気になるのかしら。食べないなら、私が食べてしまいますけど。


「これ以上は夕飯が入らなくなるぞ。まだ入るなら俺の分もやってもいいが……」


 といわれたので遠慮なく一、二枚もらう。嬉しい。


「嫌なら聞き流してくれていい。国外追放されたと言っていたな。…………国に未練はあったりするか?」


 少し目を逸らして神妙な面持ちで言うエドアルド様。チャンスだったのでもう一枚ほどもらう。


「いいえ、まったく」


 もはや困ったことに何もない。即答すると、エドアルド様は安心した様子だった。そして自分のお皿を見る。


「もう半分くらいしかないじゃないか……まったく。夕飯が入らなくなっても知らないからな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る