五匹目 エドアルドの困惑



「お、お腹減った……ごはんください……できれば海鮮料理……」

「は、腹が減っているのか?」

「そうです……魚食べたい……」


 ある昼下がり、漁港を視察していると、知らない女性に足を掴まれた。トマス……従者に下がるよう伝え、困惑しつつしゃがんで見ると、目が合った。真ん中で二つにわけられた前髪のおかげでよく見えたのは、まるで黄水晶のような、大きく丸い瞳だった。

 だがそいつはスンスンと鼻をひくつかせて、スッと視線を魚串に向けてしまう。ついさっきそこの店主からおひとついかがですかともらったものだ。


「これが気になるのか? 貰い物だが、食べるか?」


 そう言い終わるか否か、一瞬で獲られ食べられた。もの凄く嬉しそうだ。そして美味しそうに食べている。口が小さいな。はぐはぐと食べる姿は何かに似ているが、思い出せない。もうすぐ食べ終わりそうだ。なんだかもう少し食べさせてやりたくなって、つい


「………………もっと食べるか?」


 なんて言ってしまった。そして食べますと即答される。追加で二つ買った。断じて上目遣いをされてかわいいと思ったからなんかではない。断じて。

 じっと観察していると、どうやら他国から来たようだった。しかもそれなりに身分が高い。ボサボサしていても黒髪には艶があり、ところどころ千切れているが服も上等な生地が使われている。

 もう一本追加を買ってやって名前を聞く。


「…………エレノア・ウェ、ただのエレノアです」


 苗字を言いかけてやめた。訳ありらしい。まあ隠したいようなら詮索はしない。エレノア、か。いい名前だ。


「見た目もだが、この国出身ではないな。だが、旅人や商人にしては身なりがいい。何者だ?」


 全員を救うことはできないが、一度助けたやつがまた倒れていたら後味が悪い。生活に困っているのだったら仕事を斡旋しようと、そう思っただけだった。

 しかし満面の笑みはどこにいったのか、


ふぁふぁただの国外追放された元侯爵令嬢です。ご馳走様でした」


 食い終わるとすんとクールな顔になって、こう宣いやがった。

 コクガイツイホウ? モトコウシャクレイジョウ?


「ちょっと待て。その説明をされて見逃すわけがないだろう」

「……あっ」


 情報過多すぎる。逃げようとされても捕まえる他ない。流石に野に離しておけない。ひとまず情報が確定するまでは王宮……いや離宮にいてもらおう。そう考えている間になぜか大人しくなり、名前を聞かれた。

 ……今更か。

 少し気恥ずかしくも嬉しくて、少々カッコつけて名乗る。するとなぜか今度は揶揄われ、これ以上は図星を刺されそうで早く馬車に乗るよう伝えた。



「なぁ……侯爵令嬢は知らない人の馬車に乗せられて寝るのか? 乗るように言っておいてなんだが」

「いえ、この娘に危機感が備わっていないだけかと」


 トマスに思わず尋ねた。トマスは太くてごわごわとした茶色い髪が勢いよく揺れるほど首を振って答える。だよな、わかったから首を振るのをやめてくれ。毛が当たって痛い。


「はぁ……寝かしておくか。もしかしたら旅路が大変だったのかもしれないしな」


 そろそろ話を切り出そうとしたところだったのに。それはもう幸せそうな寝顔ですやすやと。目をぎゅっと閉じて、徐々に前屈するように丸まって。体が柔らかいな、おい。まあ、腹一杯食った後は眠くなるというよな。いや、子供か。これが本当に侯爵令嬢なのか?

 ……その後起こせばカッコつけてまで教えてやった名前を覚えていないし、どうするつもりだったのか聞けばまったくの無計画だし。意味がわからん。


「そんな適当な……襲われたらどうするつもりだったんだ」

「野犬程度なら倒せます」

「そういう問題じゃない」


 っ調子が狂う。なんなんだ野犬程度なら倒せるって。お前絶対侯爵令嬢じゃないだろう。

 ひとまず客室を当てがい、女中に風呂に入れさせると見違えるほど綺麗になった。元から綺麗ではあったが。

 とりあえずわかったことといえば、自称国外追放された元侯爵令嬢で、飯を食う時は愛想がよく、昼寝が好きだということだった。

 夕食を共にした後、執務室で吐き出すようにつぶやいた。


「……どうするかな」

「うちの諜報員は有能ですし、数日の辛抱ですよ」

「いや、そういうことではなくてだな」


 トマスは俺が嫌がっていると思っているらしい。

 違うんだ。俺は俺で婚約者探しという大きな問題が残っているというのに、この妙に目が離せないやつを保護して本当によかったのか。確実に、調子以外も狂わせられる気がする……。

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