4匹目 あくあぱっつぁっておいしい物?



「あのぉ……何を持っているんですか?」

「鯛だが」

「いや、そうですけども……」


 第三王子殿下……エドアルド様の食客となって次の日の夕飯前だった。

 エドアルド様本人が、なぜかエプロンをして、鯛を持って現れたのは。


「お前が言ったんだろう。大人しくしている代わりにアクアパッツアを作れと」

「言いましたけど……」


 まさか貴方が作るなんて思うわけがないでしょう。 というか自信満々ですけども、仮にも王子殿下が作れるんですか?


「俺が連れてきた上に頼まれたのだから、シェフに頼むわけにもいかない」


 いや、そこは頼みましょうよ。そのイキがいい鯛が台無しにならないように。まんまる太っていてかぶりつきたくなるほどいい鯛なんですから。

 そしてなぜか「せっかくだから作る過程も見るといい」と厨房へ連れて行かれてしまった。日当たりのいい庭で昼寝をしていたのに。


「あら坊ちゃん厨房に立たれるのは久しぶりでございますね」

「ああ、調理器具の場所が変わったりはしていないかロッソ夫人」

「鍋敷きをそこにいれることにしましてね」


 厨房にいたのは白髪をバンダナで巻いてエプロンをしている小さいお婆さんだった。こじんまりとしつつも選び抜かれた調理器具や考え抜かれた配置はこだわりを感じる。

 なんだか、我が家の別邸……お婆様のキッチンに似てるわ……。


「もう鍋底を焦しませんようにね」

「俺をいくつだと思っているんだ。ちゃんとできる」

「二十歳児なんてまぁだまだひよっこですよ」


 揶揄われてぐぬぬ……となりつつも言い返せない様子のエドアルド様。どこの家もお婆様には勝てないもので。ロッソ夫人に鯛を渡すと、目にも止まらぬ速さで切り身になった。……逆らわないようにしましょうっと。

 とりあえず手を洗って袖を捲りまして。


「まず、事前に砂抜きしておいたアサリがこれだ」

「はいはい」


 なんかアサリが水に浸かっている。貝殻の間から何かが出てきているからちょちょいとつっつくと引っ込んだ。そしてエドアルド様に持ち歩かれた挙句ロッソ夫人によって一瞬にして切り身にされた鯛に塩が振られる。


「フライパンにオリーブオイルを引き、弱火でニンニクを炒める」

「……いい匂い」

「だろう」


 それにしてもオリーブオイルの瓶が大きい。さすがはマーレリア王国。

 次に取り出したのは水分を拭き取られた先ほどの鯛。


「そして十分ほどおいて臭みを取った鯛を皮がついている方から焼く。中火でな」


 臭み消しにローリエを二枚乗せて。その間に用意したのは白ワインと水、あとオリーブ。トマトを切ったと思ったら、鯛をひっくり返して。


「両面に焼き目が付いたら、白ワインと水を加えて、アサリとトマト、オリーブを入れる」


 満足げに蓋をしめたエドアルド様。なんかお皿を選んでいる。そこまでこだわるの……。私としては美味しいそうな匂いでよだれを我慢するので精一杯なのですが。


「さて、そろそろか」


 そして蓋を開けるとぱふぁっといい匂いのする湯気が。アサリも全部開いていて、トマトは少しくしゃっととろけている。


「味を整えて、盛り付け、パセリを散らし……完成だ」


 ロッソ夫人がせっかくだからと使用人の賄いもアクアパッツアを作ってくれていたらしく、後ろを見ると鍋にいっぱいあった。お、同じ時間でこれだけ……恐ろしく速い手捌き、私はもちろん見逃したわね。

 食堂に運んでテーブルについて。


「「いただきます」」


 海!! 海を感じる!!

 柔らかくもプリッとした鯛とアサリの旨みのハーモニー。それを引き立てているトマトの酸味がとろり。オリーブオイルとガーリック、パセリに包まれて……。


「うまいか?」

「とっても!」


 なぜか私よりも満足げなエドアルド様。なんかキラキラしている。それにしてもお人好し超えていい人だわ。美味しいものを作ってくれる人はみんな大好きよ。


「次は何が食べたい?」

「また作ってくれるんですか?」

「っ……お、大人しくしていてもらいたいからな」


 どうやらこの方、人に作ることが楽しくなってきたらしい。

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