第18章 ミッドナイト・ツーリング
満月の光と水銀灯の光が覆うパーキングエリアは無気味に青白く浮かび上がって見えた。
深夜という時間にはまだ少しある時刻、平日のパーキングには車の影も見えない。
しかし良く見るとパーキングの暗がりに四台のバイクと一台の車が見える。
一台は漆黒のマシン。マキオのGPZ750ターボだ。
そしてあと二台のマシンは六気筒のカワサキの巨艦Z1300、アキオとタケオのマシンだ。
最後の一台は高山が佐藤から借りたマシンZZR1100。
そして、そのバイクから少し離れた所に一台の四輪が駐車している。
その低いシルエットはホンダのNSXだった。
「佐藤さん、凄いマシンで乗り付けましたね!ホンダのNSXじゃないですか!」
そう話し掛けたのはアキオだった。
数日前に部屋で見かけた背中にOMEGAPOINTとパッチされたカットオフのジージャンを黒の皮ジャンの上に重ね着をしている。
「これは僕の車じゃ無いんですよ。今日のためにうちのグループ会社が所有しているのを無理いって借りて来たんです。なにせ普通の車じゃこのツーリングには付き合えそうも無いですからね!」
そう言って佐藤は笑った。その隣にもう1人の見なれない人影があることにアキオは気付いて佐藤に問いかけた。
「そちらの若い方は佐藤さんの会社の方ですか?」
「ああ、申し訳ない紹介が遅れてしまって。うちの会社のカメラマンで岡本って言うんです。バイカーズロードの撮影を主にやってるんですよ。今夜は彼に記録を撮ってもらうつもりなんですよ...」
そう言いかけた時横から突然声がして、佐藤の言葉をさえぎった。
「佐藤さん。記録は撮れないよ」
マキオだった。
「マキオ君、撮影はまずかったかな」
佐藤はマキオの機嫌を損ねたか、と一瞬緊張した。
「いや、撮影は別にかまわないけど、撮影出来る範囲に僕達がいるかと言う事ですよ」
ようするに<お前達には追いつけない>と言う事がマキオは言いたかったのだ。
「マキオ君。ツーリングだよね?」
高山が話に入って来た。
「ええ、高山さん。いいツーリング日和ですよ今夜は。そろそろ出かけますか月夜のツーリングに...」
マキオの挑発的な言葉が切っ掛けとなった。高山は無言でうなずいた。
マキオはアキオとタケオに向って話しかけた。
「アキオさん今夜は久々に楽しいツーリングになりそうですね」
アキオも無言でうなずいた。
「タケオ!ついて来るのはお前の自由だが、責任は持てないぜ!」
タケオに対しては相変わらず無愛想な言い方だった。タケオはうなずきもせず無言でマキオを見返した。
四台は一斉にアイドリングしていたマシンのスロットルをあおった。
いよいよ始まるのだ。佐藤も急いでNSXのシートについてイグニッションのスイッチを入れた。 そして、2シータ-の座席の左に座る岡本に言った。
「岡本たのむぜ!できる限りカメラまわしてくれよ!」
佐藤にそう言われた岡本は緊張しながら答えた。
「はい!社長頑張ります!」
岡本の肩には小型のVTRカメラが陣取っていた。さすがに通常のカメラでは場所もとり過ぎるので今回は小型の民生用機材だった。
突然、爆音が静寂のパーキングに木霊した。
四台のバイクが発するエキゾーストは凄まじいものがあった。
その中から一台のマシンがホイルスピンしながら関越本線へ向って加速した。マキオのGPZだ。
マシンは信じられない距離を白煙を上げながらホイルスピンして立ち上がって行った。
<まるでドラッグマシンだ!>
その光景を後方から見た佐藤は思った。 そのすぐ後を追うように高山のZZRが、これも強烈なパワーリフトをしながらマキオの後に続いた。 残された二台のZ1300も、先の二台を追うように本線へと滑り込んでいった。
「やばい!離されちゃうぜ!岡本!カメラ回ってるな!」
佐藤のNSXもクラッチをミートして凄まじい加速で本線を目指した。隣で岡本が必至にカメラを回している。 佐藤が関越の本線に出た時、既にバイクの姿は見えなくなっていた。凄まじい加速でパーキングを飛び出したのだ。
本線は案の定平日の深夜と言う事もあり空いていた。佐藤は遅れを取り戻すためにアクセルをいっぱいに踏み込んだ。さすがにホンダが誇るスポーツカーNSXである、その加速は凄まじく、加速するごとにダウンフォースがきいて路面に吸い付くような感じがする。 渋川伊香保インターを過ぎると関越は山間部にさしかかり急に勾配がきつくなって来る。
追い付くならここだと佐藤は思った。
思った通り、しばらくすると二台のバイクのテールランプが見えて来た。
アキオとタケオのZ1300だ。仲良くランデブー走行をしている。と言ってもその速度はゆうに160キロは出ているはずだ。ほとんどノンカウルに近いZ1300にとって、ましてやその巨体での160キロはきついはずだ。
佐藤のNSXはなおも加速しながら二台を横目にすり抜けた。2人はタンクに伏せながら必死に風と格闘していた。
<やはり、Z1300ではさすがに160キロ巡行はきついな>
佐藤はZ1300の二台を見ながら、そう感じていた。
よくバイク乗りで200キロ巡行で高速を走ったという事を言う者がいるが、実際にその速度で巡行し続けると言うのは相当過酷な事なのだ。
それから比べると、やはり車は楽だ。佐藤はその時そう思った。
しかしその後、佐藤は直感的にこう感じた。
<そうか!なぜマキオがバイクにこだわるのか分かった。車はどんなに加速しても、その加速感は体感出来ないんだ。それはコックピットという閉ざされた空間にいる限り、あくまでもその空間は日常を引きずった静寂な空間のままなのだ。バイクは空間を確実に移動している。そして大気と言う壁に全身で対峙しなければいけない代物なんだ。それは肉体にとっても精神にとっても過酷な試練なのだ!>
マキオの言う「絶対速度」とは、その限界の試練の中で得られるもの、そして境地なのか、佐藤は自問自答していた。
「社長!テールランプが見えます!」
佐藤の思索を岡本の声がさえぎった。遥か前方に二台のバイクのテールらしきものが認められた。
<マキオと丸山のバイクのテールだ!>
しかしわずかに見えたそのテールは、すぐにカーブが続く関越の先に見失った。二台が凄まじい速度で疾走しているのが分かった。 佐藤のNSXもすでにメーターを振り切っていた。しかし如何せん国内仕様のNSXのため一定の速度に達するとエンジンが限界になってしまう。
<まいった!リミッタ-が効いてだめだ!畜生!会社の借り物だからリミッタ-カットなんてしてないノーマルのままなんだ!>
佐藤はスピードを落として巡行を始めた。
しばらくすると後ろに引き離した二台のZ1300が追い付いて来た。既にアキオとタケオもマキオ達を追走することはあきらめているようだった。100キロほどで巡行していた。 佐藤も先攻する二台を追う事は無理と、その時思っていた。
「岡本、映像は撮れたか。」
無理とは承知で佐藤は 岡本に問いかけた。
しかし答えは分かっていた。
「社長、すみません。Z1300の二台を抜く所と、先行する二台のテールはちょっと撮れたと思うんですけど...後は、多分...」
佐藤は追い付いて来たアキオとタケオにハザードで合図をした。二台もそれを了解したらしくハザードで合図を返して来た。 しばらく走るとパーキングエリアの表示が認められたので、佐藤はパーキングに入る事を決めウインカーを出した。 アキオとタケオも同じくウインカーを出してパーキングの進入路にマシンを滑り込ませて来た。佐藤は車を降りると横付けしたアキオに話しかけた。
「アキオさん。2人を追うのは無理だね。残念だけど」
アキオはニヤリと笑い答えた。
「最初から無理だったんですよ。でも、どうしますこの後...」
バイクから降りたタケオが2人の話に加わった。
「アキオさん、やばいですよ。このまま2人をほっておいたら!」
「タケオ君。そう言ってもどうしようもないんじゃない連絡もとれないし...」
「いや、アキオさん連絡はとれますよ。」
そう佐藤が言うとアキオとタケオは驚いて振り返った。
「高山君に会社の携帯電話を持たせてますから。もし何かあったら必ず連絡を僕の携帯に入れる約束になってますから」
そう言って佐藤はポケットから携帯を出した。
「とにかく、こうなったら高山君からの連絡を待ちましょう」
佐藤達が関越のパーキングで待つ事、数時間後。
月も西に傾き東の空が白んで来るころ高山からの連絡が佐藤の携帯に入った。
「高山君!だいじょうぶか!心配したぞ!今どこにいるんだ!」
高山からの返事はこうだった。
<社長、心配かけました。今、僕は新潟の長岡の近くだと思うんですけど、とりあえず無事です。今から帰りますけど、社長達も前橋に戻って下さい。僕もこれから引き返しますから。前橋の会社の事務所で会いましょう>
マキオはどうなったんだ。マキオは高山と一緒なのか?佐藤は高山の無事に安堵したもののマキオの消息が気になった。
それは、アキオもタケオも同じだったらしい。その顔に不安の色が漂っていた。
しかし、いつまでもここにいるわけにも行かない。 残された四人はとりあえず前橋の佐藤の会社に戻る事にした。
後は高山が帰ってから全ての経緯を聞くしか手はないのだ。
前橋の会社に戻った時は既に陽も登っていた。
まだ、さすがに社員が出社するには早い時間だった。 佐藤はアキオとタケオを社長室に招き入れた。ここなら社員が出社してもわずらわされることが無い。
しかし、時間が経過するのがこれほど長く感じられる事も無かった。しばらくすると早出の映像事業部の社員が出社し始めて来た。
事務所の照明がついているので気になったらしく1人が社長室を覗き込み、佐藤がいる事に驚いた様子だった。
「あ!社長!どうしたんですか、こんなに早く!」
社員は社長室に居る見なれぬ2人を不信そうに見つめた。
「ああ、なんでもないんだ。ところで高山君が来たら、こっちに通してくれるかな。」
そう佐藤が言うと社員は、また驚いたようだった。
「え!高山さん今日収録なんですか?」
「まあ、そんな感じだ。よろしくたのむぜ!」
社員はうなずいてドアを閉めた。
それからしばらくの時間が経過した。
先程の社員がまたドアをノックした。
「社長。高山さん来ましたけど...」
社長室にいた全員がドアのほうを見た。
「社長。どうも遅くなりましてすみませんでした。今戻りました...」
部屋に入って来た高山は、誰の眼に見ても憔悴しきっていた。
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