第17章 GPZ750turbo
深夜の関越道ツーリングは決まった。
マキオと高山の、ツーリングと言う建て前を持ったバトルが決まってしまったのだ。
佐藤は気が気ではなかった。
実際に、その週の後半には高山が参戦する全日本のスケジュールがあるのだ、万が一高山にもしものことがあったら大変な事になる。スポンサーに対してもどうやっても申し訳が立つものではない。
ましてや、通常のバイカーズロードの収録のスケジュールさえ入っているのに、いったい高山は何を考えているんだ。
しかし、高山の性格の一端を知る佐藤にとっては、このバトルを回避する事が不可能だと言う事も分かっていた。
本来、レースと言う闘争心むき出しの職業を生業とする高山にとっては、路上で行われる勝負は全て買わなければいけない宿命に有るのかも知れなかった。
しばらくの雑談の後、マキオが突然高山にこう言い出した。
「高山さん、僕のバイクに乗ってみませんか?」
さすがに高山もこの提案には驚いたようだった。
確かにそうだ。 普通バイク乗りと言う者は、あまり自分のバイクを他人に触らせたく無いものなのだ。ましてや乗っても良いなどとは、よほど親密な中でもそうあるものでは無い。 ましてや、マキオのように癖の強いバイク乗りにあってはあり得ない事だからだ。
逆に解釈すれば、これは既に挑戦の始まりだと言う事だ。
敵に自分の手の内を見せるようなものだからだ。 これはマキオの不遜なまでの自信の現れとも言えるものだ。 高山も、そのようなことは当然気付いていた。そして勿論やんわりと断るものと思った。
しかし、意外にも高山はその申し出を受けたのだった。
「ヘ~、いいのマキオ君乗っても?」
マキオはうなずいた。
マキオのバイクはマンションの駐車場に止めてあった。
これも、アキオが話していたとおりの代物だった。暗闇の中でそのバイク、カワサキGPZ750ターボは漆黒のボディを無気味に浮かびだしていた。
「すげえバイクだな、これは」
思わず佐藤がつぶやいた。
「どうぞ、高山さん」
そう言ってマキオはバイクのキーを高山に差し出した。
突然の事なので何も装備を持っていなかった高山に、アキオが自分のヘルメットとグローブを差し出した。
「高山さん、たぶんサイズは合うと思うんですけど使って下さい」
「すみません。ちょっとお借りします」
そう言って高山はアキオから装備を受け取ると、一呼吸おいてヘルメットをかぶりグローブに手を通した。
おもむろにマキオのバイクにまたがると、ポジションを確認するかのように身体を動かした。そしてじっとバイクを取り囲むように見ている佐藤やアキオ達に向って言った。
「ちょっと僕には足付きが悪いかな。ハンドルもセパハン仕様で僕には遠い感じもするね、ちょっと座った感じではサスもかためてあるし、こりゃ殆どレーサー仕様てとこかな。最初のインプレッションはこんな感じでいいですか社長!」
と、まるでいつものバイカーズロードやバイク雑誌のインプレッションじみた事をおどけて言ったのである。 そこで佐藤も負けじと。
「高山君、車載カメラのテープが終わる前に戻って来てね!」
と、おどけてみたものの内心は不安で一杯だった。
高山はGPZのイグニッションを入れた。
750ターボ独特のジーッという始動音が聞こえ、これも独特のデジタル表示にターボメーターが浮かび上がった。 エンジンは一発で、ぐずりもせずに始動した。殆ど直管とも思えるマフラーから図太い排気音が吐き出され、静寂を破った。
マンションの住人が苦情を言い出して来るのではと、佐藤は気が気ではなかった。それほどに野太い野性的な音なのだ。
高山も、その事は気になっていたらしく、なるべくスロットルを開けずに暖気を続けた。 普通のバイクでも当然暖気は必要だ。それにもましてこのマシンはターボなのだ、それ以上に丹念に暖気をしなければいけない。
「高山さん。そろそろ大丈夫ですよ。存分にインプレッションして下さい」
マキオが高山にころ合いを見計らって告げた。
高山は軽くうなずくと、クラッチをきってローに入れた。クラッチをミートさせると緩やかにマシンは挙動を始めた。
高山は周囲に気を使ってかアクセルをあおらずに、マンションの前の県道に進み出た。 佐藤達は高山の後ろ姿を見送った。
しばらくするとマンションから遠ざかったところで、抜けのよいエキゾーストが木霊し遠ざかっていくのが聞こえた。マシンが加速したのだ。
高山がマキオのマシンを試乗する間、残された四人はまったくの無言だった。
佐藤とアキオはタバコに火を付け煙りをくゆらしている、タケオは駐車場のアスファルトに腰をおろしたまま微動だにしない。
マキオはと、ふと見るとジッと夜空を見上げている。
そのとき佐藤は一瞬ぞっとした。夜空を見上げるマキオの全身が何かボーと薄明るく輝いているように見えたからだ。
まさかと思い、もう一度眼を凝らしてみると、やはり薄明るく見える。
<これがさっきアキオが言っていた事なのか>
と佐藤は思った。
しかし、いったいなんなのだこれはと思った時、遠くからバイクのエキゾーストが近付いて来るのが聞こえた。高山が戻って来たのだ。
バイクはエキゾースト音を絞りマンションの駐車場に滑り込んで来た。
「どうもありがとう、マキオ君。凄いマシンだねこれは」
高山はそう言ってマシンを降りた。
「高山さん、そのままでいいです。エンジンはオフにしないでください。僕はこれで帰りますから」
そう言うと、マキオは高山の降りたマシンにまたがった。
「それでは、来週の月曜。楽しみにしています」
マキオは高山にそう言うと、マシンを再び県道に向け背を向けた。
高山は無言でマキオを見送った。高山とは違いマキオは無造作にアクセルをあおると、そのまま加速し、来た時のように突然立ち去ったのだ。
その後、佐藤と高山はアキオとタケオに礼を言いアキオのマンションを後にした。アキオは来た時と同じままににこやかに2人を送り、タケオもマキオからの呪縛が解けたかのように愛想よく送ってくれた。
佐藤は帰りの車の中で、それまで聞きたくて仕方が無かった事を矢継ぎ早に高山にぶつけた。その第一番は、なんと言ってもマキオのマシンの事だった。
「高山君!どうだったあのバイク!」
高山の返答は期待を裏切って簡単なものだった。
「社長。あいつ、よくあんなバイクに乗ってますよ...」
佐藤は高山の返答にいらだって次の言葉をうながした。
「あんなバイクっていったいどんな感じなんだい高山君。もう少し具体的に言ってくれよ!」
「具体的って社長、とにかくあれでマキオはよく公道を走ってるって事ですよ。
まず、問題のターボですけど、下がまったくありません。とにかく僕の乗ってるレーサーのRS250よりも無いって言ってもいいですね。
昔の2ストみたいなもんですよあれは。そしてターボが効いてからの突然の加速。
さすがの僕もあんな加速するマシンは初めてですね。 よくインプレッションで暴力的加速なんて表現を使うじゃないですか。その手の表現は普通一般的には良い意味で使うんですが、あのマキオのマシンの加速は本当に暴力ですよ。
それほどの気狂い的加速です。そして固められた足回り。あれでコーナーを曲がろうなんて考えない方が良いですね。あれは、あのマシンの気狂い加速を踏ん張るための足周りです。
とにかくですね、あのマシンはストリートチューンでも無く、ましてやロードレースのチューンでもあり得ない。強いて言えばドラッグレース用のチューニングが施されたマシンとも言うべきですね。まさにマキオ君言う所の絶対速度用自殺マシンとも言うべき代物ですよ...」
ここまで一気に高山はまくしたてると突然黙り込んだ。
たぶん高山にとって、あのマキオのマシンは理解の範疇に無い代物なのだ。そして高山にとってはデタラメともいえるあのようなマシンを操るマキオに対して新たな闘志を燃やしているように見えた。
そんな話を聞くと、佐藤はなおさら不安になって来た。
いったい高山は何でマキオとのバトルにあたるのか、マシンはどうするんだ。
「高山君、ところで月曜はどうするんだ?マシンはどうするんだ?」
佐藤の問いかけにそれまで黙っていた高山が答えた。
「僕も今それを考えていたんです。とりあえずマキオの化け物マシンに対するには、それなりの代物で対しなければならないんですけど、まさかレーサーを公道に持込むわけにはいきませんからね。それに、僕の街乗り用のバイクはCB900Fだし...」
そこまで高山が言った時佐藤がさえぎった。
「高山君、CBじゃ無理だよ!俺のZZRを使えよ!」
佐藤の言うZZRとは、カワサキのZZR1100の事だ。
当時発売されたばかりのカワサキの新鋭マシンZZR1100は最高出力147馬力を誇り、最高速も300キロ可能と言われた世界最強のマシンだった。
佐藤はそのマシンをマキオとのバトルに高山に使えと言うのだ。
たしかに、ZZRだったらマキオのマシンと互角か、それ以上の勝負ができる事は可能だ。 ましてやプロレーサーの高山が駆るのだったら充分に勝機もある。
「社長。ZZRお借りします」 高山は佐藤の提案を受け入れた。
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