第16章 絶対速度

「我々は騎馬民族の末裔ですからね...。たしかにバイクは現代の騎馬と言えるでしょう。しかし、神が与えてくれた新たなる手段とは、速度とは...全ての内燃機関だと言ってもいいでしょうね...。それらは我々に新たなる速度を与えてくれたのですから。その速度の中で我々の精神は肉体と言う物質の領土を超越して、新たなる領土へと進化するんですよ...佐藤さん...」



<なんなんだ!この頭の中に直接響くような声は!>


佐藤はマキオの言葉に凄まじいばかりのパワーを感じた。

それは核心に満ちた言葉と言っても良かった。


<こいつ!既に自分はその領域に入っているとでも言いたそうな言い方だな!>


その時、佐藤は直感的に思った。


<そうか!それがOMEGAPOINTと言うわけか!進化の究極の領域!それがマキオにとってのOMEGAPOINTの意味なんだ>


佐藤の思いを読んだようにマキオが言葉を発した。


「佐藤さん。その新たなる局面がOMEGAPOINTといわれている領域なんですよ。進化の究極の状態、速度の究極の状態、絶対速度の領域がOMEGAPOINTなんです。しかし、その速度は物質的な速度ではありません。OMEGAPOINTは速度30キロでも得られる時は得られますが、300キロ出しても得られない時は得られない、とも言える...」


なにを、禅問答のような事を言ってるんだと佐藤は思った。


「それは精神の速度ですから...」


ポツンとマキオは言い捨てるようにつぶやいて、それきり口を閉ざしてしまった。



 しばらくの重い沈黙が部屋を覆った。


その沈黙は永遠に続くのかとも思うほど重苦しい沈黙だった。
しかし、その沈黙を高山が破った。それも妙に高山の声は明るかった。


「マキオ君。分かったよ君の言いたい事は!と言ってもホントは全部は分からないけどね!ねぇ今度さぁ一緒に走らないか!」


「ええ!!!」


声を上げたのは佐藤だった。


<いったい高山は何を言ってるんだ!それも妙に明るく!それにこんなやつと一緒に走ったら何が有るか分かったもんじゃ無い!さっきファミレスでタケオから赤城山の一件を聞いたばかりじゃ無いか!ましてや今相当クレージーな話を聞いたばかりなのに!>


そう思って高山を見ると、さすがにこの発言には驚いたのかアキオも、そして萎えきっていたタケオさえも高山を見つめていた。


ただ1人冷静なのはマキオだけだった。


「高山さん。一緒に走るってツーリングかなんかですか?」


マキオはその意味が分かっていながらも、あえてとぼけた言葉を高山に返した。


高山も、負けてはいなかった。


「絶対速度ツーリングなんて面白いよね!ハッハッハッ!」


マキオがニヤリと笑って答える。


「絶対速度ツーリング。いいですね、やりましょう」


佐藤はゾッとして高山に言った。


「高山君!そんな事してる暇はないぜ!もうすぐ全日本じゃないか!もしもの事があったらどうするんだ!」


高山はそんな佐藤の言葉など意にかいさなかった。


「社長。ツーリングですよ、ツーリング。社長も一緒に行きましょうよ。ところでマキオ君、いつなら君の都合がいいのかな?」


マキオは高山を凝視した後アキオに向って聞いた。


「アキオさん。近々で満月になる日っていつですか?」


マキオにうながされてアキオが部屋の書庫から一冊の本を取り出して来た。

そして言った。


「マキオ、来週の月曜が満月だ...」


マキオはその言葉を聞いて高山に顔を向けた。

高山はマキオの言葉を待つまでも無く答えた。


「オーケー!来週の月曜ね。それでツーリングスタートの場所と時間は?」


その言葉を聞いて佐藤は慌てふためいた。


<来週の月曜といったら、今日が木曜だから後四日後じゃないか!>


佐藤が制止の言葉を発する前にマキオが場所と時を告げてしまった。


「集合は関越道の駒寄PAで、時間は夜の10時でどうですか?」


高山は場所と時間を改めて確認するように答えた。


「オーケー!関越道の駒寄PAに夜の10時ね。深夜の高速ツーリングか、面白そうだな、ネェ社長!」



佐藤の心配をよそに、涼し気に高山は全てを決めてしまった。

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