第15章 進化
「速度。速度とは、僕達レーサーにとっては記録そのものだ。マキオ君...」
高山の答えは明確だった。彼は間髪をおかずそう答えた。
確かにその通りだ。高山だけで無く多くのモータースポーツに関わる者たちも同じように考えてはいるだろう。
しかし、その記録とはダイレクトにスピードに対する記録では無く、時間、ようするにサーキットにおける周回タイムの事を意味する事になるのであり、その際におけるスピードは、あくまでも附随的なものなのだが。
「記録。たしかに高山さん達レーサーにとってはそうでしょうね」
マキオは高山を見つめながら、そうつぶやいた。
その言い方が高山には気にさわるものだったのだろうか、高山は語気を強めてマキオに問い返した。
「マキオ君。それでは君にとって速度とはいったい何なんだ!?」
佐藤は高山がバトル・モードに突入しているのを感じていた。
本来温和な高山がこのような状態になるのを、佐藤はレース以外で始めてみたような気がした。
<やはり、レーサーっていう人種は本来闘争的な本性を持つものなんだな・・・> 佐藤は高山とマキオを見つめながら、そう感じていた。
そして、高山の問いかけに対するマキオの答えに期待を持った。
<最初から核心をついた話に、マキオはどう答えるんだ?>
マキオはしばらく勿体ぶった沈黙をおいた後、その高山の問いかけに対して口を開いた。
「速度とは神そのものです」
そのマキオの言葉に、その場が一瞬凍り付いたかのようになった。
高山も同じだったに違い無い。マキオの顔を凝視したまま沈黙している。
佐藤は混乱した思考を整理しようと、頭の中で今マキオが言った言葉を反復していた。
<速度とは神?いったい何の事をこいつは言ってるんだ・・・>
そう想いながら周りを見渡した。
すると、アキオは何の動揺もみせていなかった。たぶんアキオは既にマキオが何を話すかがわかっているのだろう。
対してタケオは相変わらず下をうつむいたままだ。
彼はマキオの話を今までにも多分聞いていたはずだが今だに理解出来ないのだ。
佐藤は状況をそのように理解した。
<しかし、突然神とは?こいつ何かの新興宗教にでも入っているのか?>
佐藤は、その場の雰囲気に耐えきれずに思わず声を発した。
「マキオ君!君はいったい何を言いたいんだ!?」
その言葉に高山も我に帰ったのか声の主である佐藤を見た。
高山も困惑していたのだ。 マキオはそんな状況を意に介する事も無く答えた。
「佐藤さん驚いた様ですね。僕の答えに」
マキオは続けた。
「しかし、僕にとっては速度は神なのです。と言うよりも神の領域と言い変えても良いでしょう。しかし、その領域に入る事は簡単には出来ません。神は常に僕に試練を与えるのです。そして、これは僕に与えられた使命でもあるんです」
佐藤はマキオの答えに増々困惑していた。
「君に与えられた使命と言うのは、その速度にいったい何の意味が有るって言うんだ!」
佐藤は混乱しながらも自分が支離滅裂な事を言っているのがわかった。
マキオは、そんな佐藤を後目に冷静に答えた。
「進化です。」
その場の混乱は絶頂を迎えていた。
「し、進化だって!速度によって何が進化するって言うんだ!」
高山は沈黙してマキオを見つめている。
アキオは全てが分かっているとでも言うようにマキオを見つめている。
タケオは相変わらずうつむいたままだ。
佐藤、1人が混乱を態度に表していた。
「マキオ君!全てを説明してくれよ!ようするに君は速度によって、スピードを出す事によって進化して行こうって言ってるのか!進化を加速させようってのか!いったい何が進化するって言うんだ!説明してくれよ!マキオ君!」
佐藤は興奮して一気にまくしたてた。
マキオは佐藤をジッと見つめて口を開いた。
「佐藤さん。たしかにあなたの言う通りです。僕にとって速度は進化のための手段です。そして、その進化とは何を進化させるかと言うと、それは精神です。」
佐藤はマキオの言葉に次の言葉を失った。
そして、もうこの際この男の話をとことんまで聞かなければ何も進まないと思っていた。
マキオは続けた。
「僕にとって速度は、自らの精神を拡大、進化させるための手段なんです。いや、これは僕だけの問題ではないと思う。全ての存在にとって必要とされる問題なのです。我々人間にとって速度は進化の過程で大きな役割を果たして来ました。
しかし、本来我々人間にとって最高の速度と言うものは、せいぜいこの2本の足がつくりだす速度が限界なんです。
かつて我々人類の祖先はアフリカのジャングルにおける樹上の生活から二足歩行へと進化し世界へ広がったのです。これが第一の進化です。
本来それが限界だったのです。しかし我々はその後新たなる移動の手段を確保しました。
それは馬です。我々は馬と言う動物を移動手段として活用する事を発見しました。
そしてこの事により、それまで以上に大きな速度と範囲を移動すると言う事を得ました。これが第二の進化です。
この移動手段、ようするに速度の確保によって文明や生活環境も大きく加速したのです。
この第二の進化は偉大なる進化です。騎馬民族そして遊牧の民となった多くの部族は新たなる新天地、新局面を得る事が出来たのです。
我々は星に道を示され、風に誘われ未知なる空間と時間を旅して来たのです。我々は大いなる騎馬民族の末裔なんです。その誇りを忘れてはいけません。
しかし、いつしか我々は場所に定住すると言う事を見つけてしまった。移動する事よりも定住する事により安堵の場所を見つけてしまったんです。
それは、全ての進化を止めてしまったのです。
我々は場所を守る事、財産を守る事に全ての知恵を駆使する事に安住してしまったのです。それが全ての悪の元凶を造り出してしまった。
領土意識や拝金主義と言う物質的な物への執着です。それを守るために我々は同族を抹殺しあうというこの惑星始まって以来の堕落した存在へと成り果ててしまったのです。
我々人類以外の動物は同族を殺すと言う行為は行いません。それはなぜかと言うと領土意識が無いからです、安住していないからです。彼等は常に移動しています。
我々も騎馬民族や遊牧民時代は彼等と同じでした。それは、共存共栄のための法則だからです。 しかし、今さら我々が遊牧民に戻る事は不可能です。今や多くの民族が移動をすると言う事はそこに新たな殺りくをも生みかねません。
しかし、このままでは我々の進化は止まってしまいます。このまま物質文明の中に埋没してしまう事は、偉大なる進化の法則から外れてしまうことにうなるのです。
しかし、神は我々に新たなる進化の道具を与えてくれました。そして新たなる速度を与えてくれたのです。その速度により、我々は閉息された日常から新たなる非日常への進化の切符を手に入れる事が可能になったんです。
新たなる第三の進化のチャンスが訪れたということです。そして、その進化こそがこの三次元と言う閉鎖された次元での拡大では無く、真の意味での拡大を目指すと言う事なのです。
新たなる進化の領域とは、精神の領域です。
我々はこの閉息された次元から、新たなる次元へと昇華する精神の遊牧民、そして騎馬民族とならなければいけない使命を与えられたんです・・・」
マキオは一気にまくしたてた。それはまるで何かに取り憑かれてでもいるように見えた。
佐藤はマキオが喋る間に冷静を取り戻し、マキオの言葉を注意深く聞き入っていた。
マキオは一息ついたように、宙を凝視していた。まるで自分の言葉に酔いしれて、その余韻を楽しんでいるかのようにも見えた。
<こいつは、普通じゃ無い・・・>
佐藤はマキオを見つめながら無気味なものを感じていた。
と共にマキオの言っている事が、荒唐無稽なものでも無いとも感じていた。ある意味においては自身が従来考えている事にも近いと思っていたのだ。
しかし、このどう見ても20代前半と思しき存在が考えるには余りにも老成し過ぎた思想でも有ると感じていた。
<いったい、何者なんだ、こいつは・・・>
佐藤はマキオに対して、気味悪さ以上に強い好奇心が改めて沸き起こるのも感じていた。
「マキオ君。君の話によると新たなる進化に対する道具というのが、それではバイクって言う事になるのかい・・・」
佐藤は恍惚としたように宙を見つめるマキオに話しかけた。
マキオはフッと佐藤を見つめると薄気味悪い笑みを浮かべた。
その顔を見て佐藤は再びゾッとした。
既に白ざめたマキオの顔に戻っていたからだ。
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