第14章 マキオ

部屋に新たな緊張感が走った。

 待ちに待った、問題の人物マキオが今この空間に居るのだ。

誰が最初に言葉を発するのか全員がその瞬間を期待している事がわかった。


しかし意外にも、本当に意外な事に、その最初の沈黙を破ったのは、その渦中の人物であるマキオ本人だった。


「マキオです」


その声は、たしかにアキオが表現したように独特の声だった。

通りの良い男とも女ともつかないような声。あえて表現するならば声変わりする前の少年の声とでも言ったら良いのだろうか。不思議な声だ。


そして、意外にもマキオは饒舌だった。佐藤達が意表をつかれて沈黙する中、マキオは話を続けた。


「突然のアキオさんからの連絡で驚きましたよ。まさかバイカーズロードの皆さんに今夜お会い出来るとは、夢にも思いませんでしたから」


マキオの話は続いたが、相変わらず部屋の全員は沈黙を続けたままマキオを見つめていた。



 佐藤はマキオが喋るのを見ながらマキオを観察していた。


アキオが表現したように、この今、自分の前に居る男は一風変わった存在なのは確かだった。体格は中肉中背、巨漢でも小男でも無い。そして、一見すると筋肉質でも無い。しかし、確かに肌の色は白かった。そして艶の有る漆黒の髪の毛。
それを強調するかのような、全身を覆う黒一色で統一された衣装。
年令は一見すると20代前半のようにも見受けるが、その年齢さえも超越した不可思議さが漂っている。


<アキオが言った表現どうりだな。こいつは男のようでも有り、女のようでも有る>
佐藤はアキオの表現は適切だと思った。


しかし、最も強烈な印象を放っていたのが、その眼だった。


異様なまでに澄んだ、ブラウンの瞳をマキオはしていたのだ。光の加減では金色にも見える異様な瞳だ。


そう思っていた時、ふいにマキオが佐藤に話しかけたので、佐藤は我に帰ってマキオを見た。


「佐藤さんですよね。そして隣は高山さん」


佐藤は突然マキオに自分の名前を言われた事に驚いた。


「あ...どうも自己紹介が遅れてしまって。バイカーズロードのプロデューサーをしている佐藤です。な、なんで僕をしってるのかな?」


佐藤は喋りながら、自分が少々狼狽している事に気付いていた。


「佐藤さんたまに番組に出てるじゃ無いですか。それで知ってるんですよ」


たしかに、その通りだった。佐藤は時折番組中に高山と出演する事があったのだ。
「高山さん、お会いできて本当に光栄です」


そう言ってマキオは高山に向けて手を差し出した。


高山はソファから立ち上がり、差し出したマキオの手を握り、始めて声を発した。


「どうも、高山です。僕もマキオさんに今夜あえるなんて思ってませんでしたから。よろしく...」


マキオと高山は握手をしたままたたずんでいた。

その時間はほんの一瞬だったのだろうが佐藤には、それが妙に長い時間のように感じていた。



「マキオ、とりあえず、そこの椅子にでも架けろよ」


その一瞬の沈黙を破るようにアキオがマキオをうながした。

マキオは佐藤達が座るソファに相向いでアキオが普段使っていると思しき仕事用の椅子に腰をおろした。


「タケオも居たのか、久しぶりだな」


椅子に腰掛ける時マキオはタケオに話し掛けた。

しかし、その態度は佐藤達に対するような友好的な物では無かった。

と、言うよりも全く無視をしているかのような冷酷な対応にも見えた。


マキオからの問いかけに対してタケオは無言のままだった。それどころか、タケオはマキオを見ようともせずにうつむいたままなのだ。


佐藤は、この三人の力関係が分かったような気がした。マキオはそんなタケオの存在をまったく意に介さないような様子で話を続けた。



「佐藤さん、僕が番組に送ったハガキの事ですね?」


突然のマキオからの核心をついた問いかけに、佐藤はまたも先制パンチをもらったかのようにたじろいでしまった。


「いや、そ、それもあるんだけどね」


なんとも、しどろもどろの対応だった。

そんな対応を見かねたのか高山が即座に答えた。


「マキオ君。僕達は君にとっても興味が有るんだよ...」


この高山の答えも単刀直入な答えだった。


「それは、光栄です高山さん」


マキオと高山の、あまりにもストレートなやり取りに佐藤は口をはさむ切っかけを失っていた。

これは、もう彼等のやり取りを見守るしか無い。そう考えてもいた。


「マキオ君。率直に聞くけど、君がハガキに書いて来た<絶対速度>てのは、いったい何の事なのかな。そして、その絶対速度というものはサーキットでは得る事が出来ないって君は書いてもいたよね?」


本当に単刀直入な高山の発言に佐藤は驚いていた。普段ならば佐藤が言いそうな発言を高山が行っているのだ。こんな直情的な突っ込みをする高山を佐藤は始めて見たと思った。



 そんな、高山の質問をかわすようにマキオは答えた。


「高山さん、突然そう言われても困りますよ...」


たしかにマキオの言う通りだった。

突然核心をつく発言をした高山に今回は無理があった。

しかし、その後にマキオが発した言葉はそれ以上に突飛だった。


「それでは高山さん。高山さんにとって速度とは何なんですか?」



<えっ!>とその場に居た全員がマキオを見た。

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