第13章 急展開
「もしもし、アキオです。今晩は....」
マキオが電話に出たのだ。
佐藤達は思わず顔を見合わせた。静かな興奮が全員に感じられた一瞬だった。
しかし、そのマキオと会話をしているアキオの声は冷静だった。彼は淡々と事の次第をマキオに説明しているのが分かった。そして暫くの会話の後アキオは受話器を静かにおろして、こう言った。
「佐藤さん、高山さん。マキオはこれからここに来ます」
「本当か!」
思わず佐藤は声をあげてしまった。
続いていた緊張の糸がいっぺんに切れたようだった。
ついに、マキオ本人に会えるのだ。まさかタケオに会ったその日に一度にアキオそしてマキオ本人にまで会えるとは思いもしなかったからだ。
佐藤はカメラマンの岡本を連れてくれば良かったと心底思った。もう、この機会を逃したらマキオに会えるチャンスは無いように直感したからだ。
「マキオは高山さんに会うのを楽しみにしていますよ。そう伝えてくれと言ってましたから」
アキオはそう言うと高山を見た。
つられて佐藤とタケオも高山を凝視した。しかし、その高山本人は以外とケロッとした顔をしてこう言ったのだ。
「社長、よかったですね今日マキオ君に会える事になって」
しかし、佐藤はその笑顔で答えた高山の表情に強烈な闘志が燃えているのを感じた。それはアキオも感じていたようだった。
しかし、ただ1人タケオだけは違っていた。タケオの顔は妙に青ざめていたのだ。 一瞬、異様な沈黙が部屋の中に訪れた。
その沈黙を破ったのはアキオだった。
「佐藤さん、高山さん。せっかく炒れたコーヒーが冷めちゃいましたね、温かいのを炒れなおしますから飲んで下さい」
そう言ってアキオは部屋を出ていった。
なんてクールな男なんだと佐藤は思い高山に耳打ちした。
「高山君どうする?しかしカメラの岡本を連れて来るんだったなぁ」
佐藤の言葉はあまり高山には意味をなさない言葉に聞こえたのだろう、逆に高山にたしなめられてしまった。
「社長、落ち着いて下さい。とにかく会ってみるしか無いですよマキオ君には...」 たしかに高山の言うとおりだった。会ってみない事には全ては進まない。よけいな事はこの際言うまいと心に決めた。
今までも多くのバイク乗りに会っても来たし、インタビューや取材もして来た。取材に非協力的な変人のバイク乗りにも沢山会って来た。その度ごとに高山とコンビを組んでどうにか無事済ます事も出来たし、今回も高山が上手くやってくれるだろう。なにせ多くのレースで修羅場をくぐり抜けて来た一流のプロレーサーなのだから。そう思うと佐藤はなぜか安心した。
暫くしてアキオが温かいコーヒーを炒れなおしてテーブルに着いた。
佐藤はアキオと雑談を始めた、話好きの佐藤にとっては時間を雑談で潰すのは得意だった。それも同業者のアキオとの会話なので話題には事欠かなっかった。アキオも先ほどまでのマキオの話題では無いためか饒舌になって話に花を咲かせていた。
高山はと言うと1人静かにコーヒーを口に運んでいた。
その横で相変わらずタケオが緊張しているのが妙におかしな風景をつくっているのが佐藤には面白かった。
どのくらい時間が経過しただろうか、アキオが炒れてくれたコーヒーを、もう一杯カップに注いでくれ、そのコーヒーが冷めきったくらいの頃だった。
遠くから集合管独特の排気音が聞こえたような気がした。時間が経過するに連れてその音は徐々に高まって来る。たしかにバイク独特の集合管の音だ。それも排気量の高いバイクの音だった。
アキオの住むマンションの周辺は前橋市の郊外に位置するために夜は周囲の音がよく聞こえる。
その静寂を破って、今1台のバイクが近付いている。マキオがバイクで来たのだろうか。
<もし、マキオがバイクで来たのだったら、これはラッキーだ。噂のGPZ750ターボ改もいっしょに今夜拝めるわけだ!>
佐藤は思わず興奮した。
そう思った時アキオが言った。
「マキオが来ましたよ。あの音はマキオのバイクの音ですよ...」
バイクのエキゾーストはマンションの下で止まった。
やはりマキオだ。佐藤にはエンジン音が消えてからの時間が妙に長く感じた。
そして、暫くしてアキオの部屋の呼び鈴がその静寂と時間を破った。
アキオが玄関に立った。佐藤は耳を澄ましていた。
入り口の金属製のドアが閉まる音がした後、アキオが部屋のドアを開けて入って来た。
そして、その後ろに1人の人影が続いて入って来たのを認めた。
アキオは部屋の全員を見渡してこう言った。
「マキオが来ました。」
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