第10章 関越道 駒寄PA 

「マキオと会った経緯を知りたいでしょう?」

 勿論だった。佐藤も高山もそこから知りたいのは当然だった。


「マキオとはじめて会ったのは、もう二年くらい前の夏、関越道の駒寄PAで会ったんです。当時、毎週末の土曜の深夜に駒寄PAにバイク乗り達が集まっていたんです。たぶん最初は雑誌かなんかで告知したんでしょうね....」


アキオの話しは続いた。


関越道の駒寄PAというのは群馬県内を走る関越道の前橋インターと渋川伊香保インターとの間に有る小さなパーキングエリアである。

トイレと売店が有るような、よくあるPAだ。夜ともなると売店も閉まってしまい、利用するドライバーの数も減る。

そこに目を付けたのか県内のバイク乗り達が毎週末に集会をいつしか行うようになっていた。

集会と言っても暴走族の集会とは違い、バイク好きが自分の愛車を乗り付けて自慢しあったり、缶コーヒーを飲みながら雑談に興じると言ったような平和なものだった。
たまに高機隊のパトカーが巡回してくることもあったが、職務的な警告だけで取締を行うような事も無かった。



 そんな集会にアキオもいつしか毎週末出かけるようになっていた。

毎日を事務所に篭ってのデスクワークが中心のアキオにとって、この週末のささやかなバイク乗り達の集会は気分転換には最適の時間と場だったのだ。


そんな週末の集会に参加し始めて数カ月後の、ある土曜の夜である。

1人の見なれないバイク乗りが駒寄PAに来ているのをアキオは気づいた。


この深夜の集会の2、3回も参加していれば、だいたいの面子は知り合いになってくる。
しかし、その男は今まで見かけた事のない男だった。


多くの常連は、水銀灯のついた明かりの下に集まっているのだが、その男はPAの侵入路近くの暗闇にバイクを止め、ひとりぽつんと芝生に腰掛けていたのだ。


男の乗るバイクらしき物が、そこに止めてあった。


アキオは、その男が気になった。毎週常連以外に新手のバイク乗りは1人や2人は必ず参加するので気には止めないのだが、その男は気になった。


それに、新参者はたいてい愛想笑いを浮かべて常連に近付くか、もしくは常連が話し掛ける事が常で、たいてい暫くすると常連の輪のなかに入るのが通常だったのである。


 

 アキオは暫くその男を観察していたが、その男は集会に興味を持っている風でもなかった。

アキオは集会で顔見知りになった1人のバイク乗りに、その男のことを聞いてみた。


「◯◯君さぁ、あの進入路近くにいるバイクの人、今夜始めて来た人みたいだけど、どんな人なの?」


アキオに尋ねられたバイク乗りの1人は興味無さそうにアキオに答えた。


「あ~...アキオさん、あいつは放っとけばいいんじゃないの。さっき××さんが話に言ったみたいだけど、こっちが話し掛けても何にも答えなかったって、気分こわしてましたよ」


××君と言うのは、この集会を仕切っているバイク乗りで、常連の中でも多くのバイク乗りに慕われている気の良いやつだった。

初参加のバイク乗りで、なかなか話し掛けられない内気なバイク乗りがいると、いつも自分から話し掛けるような気さくな男だ。


その男が気分を害したと言うのだから、よほどの変わり者なのか。
そう考えていると、さっきのバイクの男がこう続けた。


「でも、アキオさん。あいつの乗ってるバイク、凄い代物ですよ」


アキオは、そのバイク乗りの言葉に改めてその男のバイクを凝視した。

しかし、明かりの無い所に止めてあるので、はっきりとは確認出来なかった。

アキオは、そのバイク乗りに聞いた。


「○○君、見たの彼のバイク。どんなバイクなの?」


バイク乗りは、男には興味は無さそうだが、そのバイクにはまだ興味がありそうだった。


「ええ、さっき××さんが、あいつに話しかけに言った時俺も一緒についていったんですけど、その時見たんです。あいつのバイク、カワサキのGPZ750ターボですよ。それも相当いじってますよ、あのバイク」


アキオの好奇心はくすぐられてしまった。

アキオの愛車であるカワサキのZ1300もレアなバイクだが、男のGPZ750ターボも、相当レアな代物である。



 カワサキもGPZ900R以来、水冷がメインになってしまったが今でも根強い空冷ファンは存在する。

この深夜の集会にも数多くの空冷カワサキが集まっているが、その中でも男のGPZ750ターボは異彩を放っていた。

その昔、国内自主規制で750cc以上のバイクが国内販売出来なかった事に対しての馬力アップ打開策と、四輪車でも流行り始めたターボをバイクにも取り入れようと、各社が競ってターボ仕様のバイクを開発したのだが、その多くは当初の話題のように過激な物では無く、ツーリストモデル的な大人しい物に調教されて市販されたのであった。


しかし、その中にあってカワサキは当初の過激なイメージを壊さないモデルをリリースした唯一のメーカーだった。それがGPZ750ターボだったのである。


しかし、そのマシンはカワサキらしい過激さを背負ったゆえに、かつてのZ-1と同じ運命を辿ってしまったのだ。

国内での発売は出来ず、輸出専用となってしまい結局国内のバイクファンには高値の華となってしまったのである。


しかし、本当に好き者は高い対価を払っても逆輸入車として購入。その凄まじいパワーを体感出来る栄誉を手にする事が出来たのだ。


そのパワーとは、かつてのカワサキの2ストロークマシン「マッハ」に通ずるものがあるクレージーな代物だった。


当時国内で市販されていた、通常のGPZ750の馬力が77馬力の所、その代物はターボチャージャーを装着する事によって112馬力近いパワーを絞り出していた。


現在のバイクのパワーから比較すれば112馬力などというものに驚きはしないが、当時のバイク、それも空冷エンジンで112馬力近いパワーは驚異だったのだ。

その、ターボが発するブースト圧は空冷エンジンに悲鳴をあげさせた。



 そんな、マシンを駆っている男にアキオが興味を覚えないはずはなかった。

思いに耽っていたアキオに、先程のバイク乗りが話し掛けアキオは我に帰った。
「アキオさん、あいつには関わらないほうがいいと思いますよ。なんか無気味な男ですよあいつは」


そう言い放ってバイク乗りは常連の輪の中に戻っていった。


そう言われても遅かった。

アキオはその男のほうへ向って歩き始めていた。


男に近付くにつれ、アキオの目に男のマシンと男の姿が目に入って来た。

男はアキオが近付いて来るのは分かっているはずだった、しかし完全に無視をしていた。


アキオは男のマシンの近くに来て立ち止まった。

先程のバイク乗りが言ったとうりまさしく男のマシンらしきバイクはカワサキのGPZ750ターボだった。


暗闇の、ほのかな明かりの中で男のマシンは無気味な光沢を放っていた。


その光沢を尚更強調するのが、そのカラーリングだった。

黒一色。


それも、闇に溶け込む黒。単純な黒では無い。その黒の中に多くの色を含むような独特の色、なにかヌメッとした濡れた女の黒髪のようなエロチックな黒だった。



 アキオは一瞬そのバイクを見て身震いを感じた。

アキオ自身がデザイナーでもあり、造形的感性は人一倍強いのだが、そのアキオが見て何か言い様のない美学をそのマシンは発していた。


一瞬目眩のようなものを感じた後、アキオはもう一度じっくりと、そのマシンを見た。


良く見ると、そのカラーリングと共にメカも相当にいじられている事が分かった。
足回り関係は完全に別物だった。前後のサス関係もオリジナルでは無く強化されていた。


特に目に着いたのはリアのスイングアームだった。一見してアルミのワンオフ物だということはアキオにも分かった。

フレームも相当強化されている。

ホイールもマグネシウム製のレーシングマシンに使うような代物だ。

多分さっき見たサス関係もレース用の物かも知れない。


そして、問題はエンジンだった。さすがにエンジンは空冷のエンジンである。

しかし暗闇の中でも、そのエンジンがノーマルでは無いと言う事は一目瞭然だった。巨大なオイルクーラー、いや、これはバイク用の物では無い。四輪の軽車輌ターボに使われるインタークーラーなのでは?

とすると、タービンも純正のGPZ750ターボ-用では無いかも知れない。

そのタービンからぬっと突き出たエキパイそしてサイレンサー。

これもアキオの見覚えの有る物ではなかった。サイレンサーにブランドのプレートも無いのだから。これもワンオフ物だ。


<なんだ、こいつは....>アキオは心で呟いた。

そして、もう一度そのエロティックなボディに目をやると、そのタンクに描かれた文字に目が釘付けになった。


本来メーカーのロゴが描かれている所に見なれない文字が綺麗にレタリングされていたのだ。その文字はこう読めた。


「OMEGAPOINT」
アキオは思わず口に出してその文字を読んでいた。


 その時、突然何の前触れも無く男がアキオに話し掛けたのだ。


「その言葉の意味を知っているのか...」


突然話し掛けられた事にアキオの全神経は反応した。


男のその声が異様に澄んで、通りの良い声である事にもアキオは驚いた。

男の声でも有り女の声でも有るような、なんとも形容しがたい異様な声だった。


アキオは、その声の主である男を見て再び衝撃を受けた。


男は芝生に座り、アキオを見上げていたのだ。


男の目は暗闇の中でも異様に輝いていた。そしてその顔の色も異様に白く、頭の真中で分けた肩ほどの髪は「烏の濡羽色」と形容するような漆黒の女のような髪だったのだ。


<こいつ、化粧してるのか?>とアキオはその時思ったほどだった。


良く見ると男は、これも黒一色のレザーのセパレートらしきウェアを身に付けていた。



 そして、アキオが最も不気味に感じたのは、その男が暗闇の中にたたずんでいるのにも関わらず、何か全身が薄い靄のようなもので光り輝いているように見えた事だった。


それは、多分アキオの錯角だったのに違い無いが、それくらい男は異彩を放っていたのだった。


その時、もう一度男の声が聞こえた。


「おい。なにをボーとしてるんだよ」


その言葉にアキオは我に帰った。

男の声は相変わらず透き通った声だったが、こんどの問いかけは俗な問いかけに聞こえた。アキオは我に帰ってもう一度男を見た。



それが、マキオとの最初の出合いだった。

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