第9章 キーパーソン
「どうも、アキオです」
アキオは、その風貌とは裏腹に物腰の柔らかい男だった。
事務所に一歩踏み込むと、デザイナーらしい品の良いインテリアが目についた。と言っても、その調度品が金にいとめをつけずに購入したと言うような物では無く、部屋の主の選択眼の良さを見せる物だった。 マンション特有のそう広くも無い玄関を入ると、そこは鹿島の仕事場兼リビングという空間となっていた。
「すみません。狭苦しい所で...」
と、アキオは詫びたが仕事場も趣味の良いインテリアできれいに整理されており、狭苦しいと感じさせなかった。
<うちの会社のオフィスより全然綺麗だ。うちのデザイナーのデスクと来たら、これに比べたらゴミ溜だな>佐藤はそう思った。
アキオにすすめられるままに応接用のソファに突然の来訪者である3人は腰をしずめた。 落ち着いて改めて部屋の中を見渡すと、品の良い調度品とは似使わない、ある物が佐藤の目に入って来た。
それは薄汚れたカットオフのジージャンだった。
アメリカのアウトローバイカー達が好んで着用するような、背中にチーム名らしきパッチが縫い付けられた代物だった。 改めて、アキオが無類のバイクフリークだと言う事を認識させる代物だ。
その、背中のパッチにはチーム名らしき物が認められた。
その名前はアルファベットで「OMEGAPOINT」と書かれていた。
佐藤はそのチームの名称らしきものに気になるものを感じた。
<珍しい名称を使っているなぁ....>
部屋の主のアキオが飲み物を手に3人がかけるテーブルに戻って来た。
佐藤は、まず突然の訪問を詫びた。
「アキオさん。本当にすみません、突然お邪魔してしまって」
アキオはそんな事を気にする素振りも無くにこやかな笑みで答えた。佐藤はその表情に社交辞令じみたものを感じなかった。アキオは本当に我々の来訪を歓迎しているのだと思った。
「佐藤さん、大歓迎ですよ。それに高山さんに、まさか会えるなんて思ってもみませんでしたから。バイカーズロードも毎週見てますよ!」
佐藤達と一緒に座っていたタケオも、それに同調するようにアキオの言葉をつないだ。
「いや、ほんとに自分達はバイカーズロードの大ファンなんですよ!Gテレビなんて地元のテレビだけど、めったに視ないですからね!でもバイカーズロードだけは毎週視てますよ!」
タケオの過剰とも言える褒め言葉に佐藤は少々皮肉を言ってみたくなりこう答えた。
「でも、タケオ君。最初うちのスタッフがコンタクト取った時、とっても冷たい返事だったよねぇ」
佐藤のその言葉にタケオは顔を真っ赤にして答えた。
「佐藤さん、やめてくださいよ!もうその事を言うのは!あれはマキオの事だったからで、その後高山さんから電話をもらった時はちゃんと対応したじゃ無いですか....」
佐藤は笑ってタケオに詫びた。
そして佐藤に対するタケオの言葉に反応したのか、アキオが突然マキオの話をはじめた。
この展開には佐藤も高山も少なからず意表をつかれた感じだった。 なぜかと言うと、タケオが言うようにアキオこそがマキオとの関係を解くキーパーソンだからだ。そう簡単にマキオの事を話してくれるとは思っていなかったからだ。
「タケオからさっきの電話で聞きました。マキオがそちらの番組にコンタクトを取った様ですね」
話は早かった。佐藤達としても世間話で話を繋ぎながら本題に入るのは、まどろっこしいと考えていた所に、即核心をついた話をキーパーソンであるアキオ本人から切り出してくれたのだ。
「アキオさん!いったいマキオって人物は何者なんですか!」
佐藤のこの対応はあまりにも唐突すぎる。アキオも一瞬言葉を失ったようだった。
その場の雰囲気を察した高山が佐藤の次の言葉を制止した。
「社長!だめですよ!あいかわらずのセッカチな性格ですね。すみませんアキオさん。」
佐藤の言葉を制した高山は、事の顛末をアキオに説明した。
高山から今までの経緯を聞いたアキオは、事の全てを納得したようだった。
しばらくの沈黙が部屋を支配した。アキオはじっくりと言葉を選んでいるのが分かった。 佐藤と高山はアキオの言葉を待った。
タケオはアキオの言葉が何か既に分かっているように宙を凝視している。
長い沈黙の後、アキオが言葉を放った。
「マキオの事は、なにも知らないんですよ...」
その言葉に最初に反応したのは佐藤だった。
「え~!そりゃないだろう!だってタケオ君がアキオさんだったらマキオの事を知ってるというから、こうやって訪ねて来たわけだし...」
佐藤のその言葉を、黙っていたタケオが制した。
「佐藤さん、そのとうりなんですよ。自分もアキオさんもマキオの事は詳しくは知らないんです。しかし、知らないと言ってもマキオの個人的な事とか生活についてですよ」
佐藤は狐に化かされているのかと思った。
この二人はマキオの個人的な事は何も知らないと言う。それでは何を知っていると言うんだ。マキオとはどうやってコンタクトを取っていると言うんだ。
「アキオさん、あなたはマキオの何を知っていると言うんですか!だって友人なんでしょう!」
佐藤は興奮してアキオに問いつめた。それに対しての答えが、また佐藤を混乱させるものだった。
「マキオの哲学はよく知っています。」
この答えに、生来気の短い佐藤は納得いかなかった。
「アキオさん!あなたは僕達をからかっているんですか!そんなに涼しい顔をして!マキオの哲学を知っているって、マキオの本業が学者かなんかとでも言うんですか!」
この佐藤の興奮を抑えるのは高山しかいなかった。
「社長!ちょっと待って下さい!社長がそう興奮しては話は進みませんよ!ここは会社のミーティングルームじゃないんですから!この人達は社長の部下じゃないんですよ!」
この高山の言葉に佐藤はさすがに興奮を押さえざるをなかった。
佐藤の興奮がおさまるのを見計らって高山がアキオに質問を投げかけた。
「アキオさん、ようするにあなた達はマキオのプライベートな事はなにも知らないと言うんですね」
アキオは改めての高山の冷静な問いかけに、また少々の間をおいてから答えた。 「高山さん、変な話と思うでしょうが、事実私達はマキオの住所も知らないし、仕事も知らない。年令さえも知らないんです。その名前であるマキオというのさえ本名かどうかも疑わしいですからね。姓もいまだに教えてくれませんからね。それに私もタケオも今さら彼に色々な事を根掘り葉掘り聞こうとは思いませんからね」
アキオの言葉にタケオもいちいち頷いていた。彼もまったく同感なのだろう。
アキオは話を続けた。
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