第7章 アキオ

「タケオ君、今マキオ君はどこにいるの」




 黙ってタケオの話を聴いていた高山の突然の言葉に、タケオは驚き高山を見た。


高山はタケオの顔をジッと見据えてもう一度言った。


「マキオ君はどこにいるの」


無表情で言葉を放った高山を見て佐藤も驚いた。

いつもはにこやかで冗談好きな高山が始めて見せた顔だったからだ。


それは、一緒に仕事を続けて来た佐藤にとっても始めてみる高山の一面だったのだ。


高山の問いかけにタケオは一瞬声を失ってしまったようだった。しばらくの沈黙がその場を重くした。
明らかに高山はタケオの話に憤りを感じている事が分かった。それは一緒に話を聴いていた佐藤にとっても同じだった。

「マ、マキオが今どこにいるかなんて知りませんよ!!」


その場の重い空気を破ったのはタケオの声だった。

なかば悲鳴にも似たような突然のタケオの声は、周りに居たファミレスの客を振り向かせてしまった。
それを知ったタケオは高揚し言葉を続けた。


「マキオの居所なんて自分は知りません!それに自分は、もうマキオには会いたく無いし連絡先だって最初から知りませんよ!」

高山は黙って武男の言葉を聴いていたが、佐藤がタケオに聞き返した。


「でもタケオ君、先程の話からすると君はマキオと一緒につるんで走ったりしてるわけだろう、どうやってマキオ君と連絡を取っているんだ?」


もっともな話だった。

知り合いなら連絡先ぐらい知っていて当然な事だ。


「連絡は、いつもマキオから来るんです。いつも突然に。」


おかしな話だった。この男はどの程度マキオのことを知っているのだろう。

佐藤はタケオという人物がわからなくなっていた。先程赤城北面での出来事を話している時は嬉々として話し、無気味な一面をも見せていた男が、今は赤面して顔には汗までもうかべて怯えたように話している。

本質は臆病な男なのだ。そして、なにか大きな影響力を持ったモノが身近にいると突然大胆になるような依存癖が強い男なのだ、このタケオという人物は。

そして、その影響力の強い存在とは「マキオ」そのものだ。
佐藤はタケオを見ながら考えていた。


 その時、黙っていた高山が口を開いた。


「タケオ君、君を責めているわけではないんだ。そんなに緊張しなくてもいいよ。」


高山の声にはいつもの柔和さが戻っていた。

佐藤は高山のほうを振り向いてこう思った。


<高山君も俺と同じ事を考えていたな。このタケオという男は純朴な男でマキオの強い影響下に在る事に気付いたんだ。>


高山は続けた。


「タケオ君がマキオ君と知り合ったのは、どんな経緯なの。もう知り合ってどのくらい経つのかな。」


高山の言葉が柔らかくなったのを察してタケオは緊張が解けたようだった。

しかし、その唇は極度の緊張からか乾ききっている事が見て取れた。タケオはコップの生温かくなった水を口に少し含んでから話し始めた。



「マキオと知り会ったのは、もう1年ぐらいになります。どこで知り会ったかと言うと、自分が配達によく行く前橋の会社です」


「配達?」佐藤が口をはさんだ。


「ええ、配達です。あ、言い遅れましたけど、自分は宅配便のバイトしているんです普段は。その配達でよく行く会社があるんです。前橋のデザイン会社なんですけど。」


「前橋のデザイン会社。なんていう会社なの?」


佐藤は、その会社が同業者だと言う事で興味を持ったようだった。


「ああ、ようするにその会社の社員なんだ、マキオ君は!」

佐藤はかってに解釈してそう言った。


「いえ、違います。マキオはその会社の社員なんかじゃありません。それにマキオが何の仕事をしているかも自分は今だ知りませんから。」


高山がタケオに話の続きを促した。


「わかった。タケオ君はその会社でマキオ君と会ったわけだ。それで....」


タケオは一気に話を続けた。その話とはこうだった。


 タケオが配達に行く会社はデザイン会社であり、前橋市の郊外に在るマンションの1室を事務所にした会社だった。


その会社は、会社と行っても社長が1人でデザイナーから営業までこなす小さな会社だ。その会社へ何度か配達の仕事で行っている内に、タケオは壁に掛かる何点かの写真が気になっていた。


その写真がバイクの写真だったからだ。それもタケオが乗っているのと同じカワサキのZ1300の写真だったからだ。


何度かの配達をした後、タケオは意を決して事務所の唯一の住人である男に話しかけた。

その人物、社長兼デザイナーの男の風貌は口髭と顎鬚をたくわえ長い髪の毛を後ろで束ねた、いかにも癖の在る、デザイナー風と言うよりもアメリカのバイカー風だったため、タケオも話しかけるのを暫くためらってしまう雰囲気の男だったのだ。



ここからは武男の言葉で書こう。



「最初は話しづらい感じの人かと思ったんです。でも、思いきって話しかけてみたら、風貌とは違ってすごくいい人だったんです。壁のバイクの写真は、やはりその人のバイクでした。自分も同じバイクに乗ってる事話したら、すぐに打ち解けて....バイク乗りってそうですよね!」


タケオの表情はまた明るくなって来ていた。そして続けた。


「知り合ってから、自分は配達以外でも遊びに行くようになったんです。飯食ったり、夜一緒にバイクで流したり。その人は自分よりも歳が上だし、いろんな事も知ってるしホント面白いんです!でも、バイク乗るのは自分のほうが上手いですけどね!ハハハ!」


その人物とタケオは本当にウマが合うのだろう。武男の口は饒舌になっていた。
「タケオ君、その人の名前はなんて言うの。あとデザイン会社の名前は?」


タケオの話を聴いていた佐藤が聞いた。同業者なので気にもなるようだった。


「ああ、アキオさんて言います。会社の名前はアルケミストて言うんです。」


佐藤には聞き覚えの無い会社だった。


しかし、このアキオなる人物がマキオとの重要な接点をもつ男だったのだ。

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