第6章 赤城北面
空気のような存在感だった男に重金属のような存在感が表れて来た。
しかし、それを語る男の口は異様に軽やかになってくる。そのアンバランス感が無気味だった。 タケオは話の続きを語り出した。
そして始めて我々の前にマキオの姿がおぼろげに表れて来たのだった。
「沼田からの帰り、自分とマキオは赤城の北面から南面を抜けて前橋に出ようって事になったんです。自分のバイクは今日乗って来たのと同じZ1300で、その日マキオは自分のバイクを車検に出してたとかで、代車だと言ってカワサキのボロZ1000Jに乗ってました」
カワサキのバイクと聞くと黙ってられない佐藤が口を挟んだ。
「Z1000Jか、偽ローソンのベースモデルによく使われるバイクだよな、それまでは人気ないバイクだったんだけどねぇ、それで...」
高山が佐藤の言葉を遮った。
「ちょっと社長、話の腰を折らないで下さいよ!ごめん、タケオ君続けてくれるかな。」
タケオのテンションは佐藤の横やりで少々萎えたようだったが、再び続きを語り始めた。
「マキオと自分は軽く流すくらいの気持ちで北面に入ったんです。しばらく走ると道路脇にちらほらとバイクが駐車しているのが見えて来ました。その日は平日でしたけれど既に数台のバイクが止まってました。その先には簡易のパーキングがあり、そこにも20台近くのバイクが止まってました。路上を走ってるバイクはその時はいなかったんです、たぶんちょうど小休止って感じの時だったんですかね。バイクは殆どが250ccから400ccの中免レプリカ軍団でした。あ、スクーター小僧も数人いましたね。 そんな連中を横目に自分とマキオは峠へと駆け昇っていったんです。レプリカ軍団もちょうど走ってなかったし、平日なので一般車輌もほとんど走ってなくて気分がいい日でした。なにせ自分らZ1300にボロいZ1000Jですから、それなりのペースで走ってました。マキオも何かこの日はすごく機嫌が良かったみたいで、スムーズな走りでした。まあ、そのまま行けば良かったんですけど」
ここでタケオは一瞬口をつぐんでしまった。
何か勿体ぶった出来過ぎのシチュエーションに佐藤は内心<こいつ、本当の事話してるのか?>と疑った。しかし、この後タケオが語った話は本当なら嘘であってほしいと思わせるような事実だったのだ。
「あいつらが自分らをあおらなければ良かったんです。」
タケオは続けた。
「あのレプリカ小僧がマキオにあんな事をやらなければ良かったんです。」
高山と佐藤は武男のつぎの言葉を待った。
「自分らが北面を半分くらい行った所で、後ろからあの2サイクル独特のかん高いチャンバーノイズが聞こえて来ました。その音から数台のバイクが後ろから来るのはわかりましたが、自分もマキオもその時は別に気にとめてませんでした。いや、マキオはわかんねぇな、もうスイッチが入ってたかも。とにかく自分らは小僧達をやり過ごすつもりだったんです。自分はそのためにやつらの走行ラインから外れるラインを取りました。マキオもそうだったように見えて、やつらにコースを譲るようなラインでした」
ここでいったん話を区切り、タケオは注文したコーヒーを口にしたが、そのコーヒーはとうに冷めきっていた。
「レプリカ軍団は自分達に急速に接近してくるのが解りました。自分達はやつらのラインになるべくかぶらないように、山側のインについて走ってました。やつらは接近して来て最初の1台が自分らをアウトから抜いて行き、続いて何台かが続きました。そして最後の馬鹿が来たんです。そいつはNSRの250だったと思います。その最後の1台が、腕に自身があると勘違いしたのか自分らのインに入って来たんです。自分らはそんなに高いペースで走ってませんでしたから一瞬バイクを起こして接触はまぬがれたんです。マキオも同じでした。しかしその後が悪かったんです、そのNSR野郎は...自分らを追い抜いた後、一瞬自分らの方を向いて何か叫んだんです。そして左手で例のサインですよ、中指を突き立てる例のサインFUCK YOUってやつ。」
思わず佐藤は呟いた。
「馬鹿なやつだなぁ....」
武男は続けた。
「その直後ですよ、マキオのZ1000Jがコーナーをウイリーで立ち上がりながら加速するのが見えたのは。ほんとにその後は一瞬というかスローモーションていうか時間感覚が無くなっちゃたんです。マキオのボロいZ1000Jは信じられない加速をしたんです。フレームがしなったように見えましたよ。て言うかマキオの一部みたいになって加速したんです。マキオのZ1000Jはレプリカ軍団のケツを走ってた例のNSRに見る間に接近してゆきました。自分はあの1300を必死に押さえ付けてマキオのバイクを見失わないようについて行くのがイッパイでした。そしてコーナーでマキオはやったんです...」
思わず佐藤は言葉を口に出してしまった。
「何を!?」
「マキオはインベタでコーナーにはいったNSR小僧の、そのさらにインにZ1000Jの巨体をねじ込んだんです....そしてコーナーの中で寝ているバイクを強引に起こしたんです」
思わず高山が声を上げた。
「ヤバいよ!タケオ君それは!コーナリング中にバイクを起こされたらアウトにいたNSRは飛ぶぜ!」
その時タケオは一瞬薄笑いをうかべたように見えた。
「そうなんです。NSRの小僧はコントロールを失って飛んじゃいました。それに、あの時マキオはバイクを起こしただけじゃなくて、同時に足でNSRを蹴ってますよ。間違いなく...」
佐藤は解りきった返事と知りながらもタケオに聞いた。
「タケオ君、NSRは転けたよね!?」
タケオの返事はゾッとするものだった。
「ええ、転けるって言うか、ラインをアウトにふくらませてガードレールにまっしぐらでしたね。たぶん落ちたんじゃないかな...」
佐藤はタケオの言葉が信じられなかった。
「落ちたんじゃないかな..て、その後を確認してないのか!?君たちはその後、走り去っちゃったって事かぁ!」
佐藤はタケオとマキオの行動が理解出来なかった。そして武男はこう続けた。
「佐藤さん。どう考えても自分らをあおった小僧が悪いんですよ。あいつらはバイク乗りのルールも知らないんですからね。自分らにとっては峠の小僧も深夜の族もバイク乗りじゃないんですよ、マキオがキレるのも当然ですよ」
タケオの言葉に佐藤は困惑していた。
そして思った<こいつも、マキオってヤツも同類じゃないか、そりゃぁ、峠の小僧も族も大問題だが、こいつらはもっとヤバいんじゃないか!そして、この同類のタケオが関係を持ちたくないと言うマキオっていうのは、いったいどんなやつなんだ!!>
佐藤は混乱していた。そして横にいる高山の方を見た。
高山はタケオの話を黙って聞いていた。 その静かさが無気味だった。
しばらくの沈黙の後、最初に口を開いたのは高山だった。
「タケオ君。今マキオ君はどこにいるの...」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます