第5章 タケオ

「どうも、タケオです」




 そう名乗って高山と佐藤の前に表れた男は、妙に首の長い一見すると華奢な存在な男だった。


それと対比するように、手に持ったシンプソンの厳ついヘルメットが違和感を漂わせていた。
そのくらい、武男のイメージは彼の駆るZ1300やシンプソンとは懸け離れた茫洋としたものだったのだ。


佐藤は一瞬の間そんな事を考えていたが、すぐに気を取り直して彼に声をかけた。
「どうも、今日は本当に忙しい所、時間を取っていただいてすみません」


佐藤の言葉に対するタケオの返答も気の抜けたものだったので佐藤はなおさら気落ちしてしまった。


その雰囲気を察したのか高山がその場の空気を変えてくれた。


「タケオさん、Z1300とはレアなバイクに乗ってますね!」


高山の振りに、タケオも緊張感が解けたのか、はにかんだような素振りで答えた。
「ええ、思ったよりも乗りやすいバイクですよ」


高山とタケオの二人はバイク談義で話を繋いでいたが、その会話を傍観するように聞いていた佐藤は<やはり、会わない方がよかったのか...>と考え始めていた。


そのくらい、タケオの印象はインパクトを感じさせない、なにか空気のような存在だったのだ。




 その間を破るかのようにウエイトレスが注文を取りに来た。

さすがに今まで待たせに待たせてしまったので、ここで注文をこれ以上のばす雰囲気でもなかった。


「武男さん、何にしますか?食事はどうします」


佐藤の問いかけに武男は飲み物だけを頼み、佐藤と高山は軽い食事を注文した。

ウエイトレスが立ち去った後、佐藤はタケオに切り出した。



「ところでタケオさん、早速ですけどマキオ君の事なんですけどいいですか?」


タケオはいよいよ来たなと言うような覚悟めいた表情を一瞬したあとこう言った。
「マキオの事は知っている事しか言えません」


その言い方には妙に不自然な物を感じたが、たしかにもっともな事だ。


タケオは続けた。


「逆に聞きたいんですけれど、なんで皆さんはマキオに興味を持ったんですか?自分が思うにはバイカーズロードで取り扱うような話じゃないと思うんですけど」


武男の質問には高山が答えた。


「タケオ君、マキオ君は以前にレースか何かやってた?」


意表をついた高山の質問にタケオは一瞬間をおいてからこう答えた。


「え!レ、レースですか。いや、マキオはレースとかはやってないと思いますよ」


しばらくタケオは考え込んだような仕草を見せた後、改めてこう言った。


「マキオは絶対にレースなんかやってませんよ、逆にレースをやってる奴を馬鹿にしてる感じですから...レプリカとか乗ってる奴見るとマキオは目の敵にしてますからね....それが、なぜなんだかは解りませんけど...この間なんか...」
と、言いかけて武男は口を噤んでしまった。

言ってはいけない事を言いそうになって自ら封印したという感じだった。



黙って聞いていた佐藤が口を挟んだ。


「この間、どうしたんですか?」


武男は顔を赤く染めて上目づかいで佐藤を見ていた。過剰なほど緊張しているようだった。それを感じた高山が緊張を和らげるに切り出した。


「社長だめですよ!これじゃ取材じゃなくて尋問じゃないですか!ねえタケオ君」


タケオは高揚した表情で頭を左右に振ってこう答えた。


「高山さん、すみません別にたいした事じゃないんですけど...マキオは普通じゃないですから.....この間も、と言っても半年前なんですけど自分とマキオで沼田(注/群馬県北部の沼田市の事)の方にちょい乗りに言った帰り、赤城の北面から南面へ抜けるルートをとったんです。北面はけっこう良いコーナーが連続していて地元の走り屋には有名なコースなんですけど、バイクはレプリカ系のその手の連中が多いんです」


そこまでタケオが話した時に佐藤が口を挟んだ。


「おお、たしかに北面はレプリカ系は多いよな、バイカーズロードでも何回か取材にはいってるけど、だけど危ない危ない!コースアウトしてくるやつが多くて対向車なんかヒヤヒヤもんだぜ、あそこは!」


佐藤に続けて高山も付け加えた。


「基本が出来てないライダーが多いですよね、ハングオンしてるつもりなんだろうけどバイク、しっかり立っててライダーほんとにぶら下がってますからね!ハハハッ!」


高山と佐藤は思わず爆笑してしまった。見るとタケオもつられて笑っている。

この話題でタケオも馴染んだのか、続きを今までよりも雄弁に語り始めた。




 しかし、その話の続きは笑い話にはならないものだった。

空気のような存在だったタケオが、その話が進むに連れズシッと重い存在になるのを佐藤と高山は感じた。


タケオという、この男もやはり普通ではなかったのだ。


特にバイクを駆った時は。

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