第3章 バイク人物伝
「あの野郎~!」
受話器の向こうでタケオは声を荒げた。
何がなんだか状況が理解出来ないスタッフに、タケオはこう言い放った。
「あいつとは関わらないでください!あいつはイカレテますから!」
そう言われても、担当スタッフには皆目見当がつかないのは当然である。
「あの、タケオさんはマキオさんを知ってるんですね...」
タケオの返答はこうだった。
「ええ、知ってますが、あいつとはとにかく俺も関わりたくないんで、俺に何を聞いても無駄ですよ!それに俺の連絡先を勝手に使って手紙を出した事だけでも俺はあいつの事を許せないですからね!」
タケオの憤慨は尋常ではなかった。そして、スタッフが次の言葉を探している間に突然電話は切られてしまったのだ。
制作スタッフとしても何か煙りに巻かれたような幕切れだった。
電話のやり取りを聞いていた他のスタッフがこう切り出した。
「あのさあ、もういいんじゃない!あんまり面倒な事なら止めようぜ!そのマキオてやつもタケオてのも変なやつそうだしさぁ...」
電話をしたスタッフにも、この交渉を続けてやる気は見えなかった。
「俺もそう思うよ。だいいちマキオてやつはタケオ君の連絡先を本人に無断で勝手に使ってるわけだし、それに彼の尋常じゃ無い怒りかたからも彼等の関係がどうなのか俺でもわかるぜ...」 これで面倒な取材をしなくて済む。
それで無くとも「バイク人物伝」の取材は毎回多かれ少なかれトラブルがあるために制作スタッフサイドには、あまり人気のない企画だったのだ。
ようするに一般バイクファンを取材対象としているために、時間調整などの取材スケジュールがなかなか立たない事や、突然のドタキャンは当たり前、取材場所に集合しない、仲間同士の取材現場での意見の食い違い、挙げ句の果ての喧嘩などなど苦労のたえない企画だった。
しかし、それだけに面白い人物や取材対象に遭遇すると、プロのライダーやメーカーからの情報などとは比較にならない程のリアルな話題が見つかり、番組に色を添える事になるのだった。そして、視聴者の反応も抜群に良かった。
しかし今回の「マキオ」の件ほど、スタッフが最初から関わりたく無いという思いになる企画はなかった。 結局、この取材に関しては企画会議の席にメインキャスターの高山を入れて協議、検討すると言う事に話は落ち着いたのだった。
なにせ、この取材対象に一番の興味を持ったのが、その高山本人だったのだから。
数日後、番組の収録に来社した高山を中心に撮影終了後の深夜、企画会議はもたれた。
「まあ、今説明したとうりなんだよね高山君。どうする、けっこう大変そうなんだけどさぁ....」とプロデューサーの佐藤が高山に今までの事の経過を説明した。
「そうなんですか.....。だけど他人の連絡先で投書してくるってのもおかしな人ですよね、でも逆にますます会ってみたい気がしませんか、どんなやつだか...」 やはり思ったとうりであった。
高山は増々「マキオ」に興味を持ってしまった。 しかし、スタッフの大半はこの高山の意向には同意しかねるという雰囲気だった。
「高山さん。全日本の取材も今月後半に入ってるし、その前に高山さん自身も練習走行とかのスケジュールが入ってるので、この企画は今回止めましょうよ....」 と、制作進行スタッフのMが高山にそれとなく企画の中止を促した。
「いや、M君さあ、それは大丈夫だよ。まだ1週間あるし出来るんじゃないの。」 と、高山は消極的なスタッフに切り返す。
時間は空しく過ぎるばかりでスタッフの間にもいらだちの感が漂って来たころ、プロデューサーの佐藤が決断をくだした。
「わかった!もういいよ!今回の取材は俺がメインでやるわ!俺と高山君と...カメラは岡本の3人でやろう!」
番組のプロデューサーでもあり、制作会社の社長である佐藤の一声で全てが決まった。
もともと「バイカーズロード」自体が最初から社長直々の企画で始まったのであり、最終的な権限は社長が持っていたので、この結果には誰も反対は出来なかった。
プロデューサーが指名したカメラマンの岡本は「バイカーズロード」の制作スタッフの中では最年少であり経験も浅い新米カメラマンだったが、スタッフの中では最もバイクフリ-クであり高山信者でもあったために、突然の抜てきに驚いたようであった。
佐藤は岡本に確認するように言った。
「岡本!おまえ出来るだろ?」
そして、高山がこう言った。
「今度は、僕が直接交渉してみます」 一度座礁しかかった企画が再び浮上した。
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