凡人でも戦える

@Ciel1024

天才と凡人


「天才とは、1%のひらめきと99%である。」


これは偉業を成し遂げるのには、才能も大事だけれどたゆまぬ努力のほうがずっと大事だという意味の、かの有名なトーマス・エジソンの名言。この名言は確かに努力の大切さを教えてくれているが、その前提に才能があるように個人的には思う。つまりその1%がない凡人は仮にどれだけ努力を積み重ねたとしても天才と呼ばれる猛者たちがいる領域に足を踏み入れることは叶わないというわけだ。


もちろんだからといってそれが努力をしなくていいという理由にはならないし、そもそも必ずしも1位になる必要はない。2位だろうが3位だろうが、仮に最下位であったとしても本人がそれを消化していい経験と思うことができるのであればそれでいいと思う。でも僕はそれでは満足できなかった。


才能の差、そんな残酷な現実を僕が初めて感じたのは小学4年生の時だった。当時地域のバレーボールクラブにいた僕は毎日楽しくバレーボールをプレイしていた。同級生のチームメイトの多くが小学2,3年生からバレーボールを始めていた中、小学1年生からクラブいた僕は当たり前ながらチームの中では上手い方でそれなりに自信もあった。


しかしある日そんな自信が木っ端微塵に砕かれるできことがが起こる。


それはある1人の少年がチームに加入したことだった。その少年は当時3年生で、僕より1つ年下なのにも関わらず別に小さいわけでもない平均よりちょい上の身長の僕よりも10cm程高かった。当然チームの中で誰よりも背が高くパワーがあった彼はすぐにエースと呼ばれるようになった。僕が必死にブロックに跳んでも軽くその上からぶち抜かれる。


でも僕がショックを受けたのはそこじゃなかった。確かに高さは羨ましいけどバレーはそれが全てというわけではないし、そもそも将来は僕のほうが背が高くなるかもしれない。実際小学生のときの身長が成長期を迎えて逆転することは大してめずらしいことではない。問題だったのはすぐに技術面でも彼に明確に抜かれてしまったことだった。


僕が2,3年かけてやっと覚えかけていたスパイクのコースの打ち分けや、レシーブの技術などを彼は持ち前のセンスですぐに身につけてしまった。彼がクラブに入ってたった3ヶ月ポッチで僕が彼に勝っている要素は何1つとしてなくなった。まだ幼かった僕にとってこの出来事は到底受け入れることのできない残酷すぎる現実で、あんなに楽しかったバレーも次第に楽しめなくなっていった。


そんな僕にある日、転機が訪れる。


その時すでに僕は6年生でクラブの卒業が間近に迫っていた。そんなある日幸運なことに僕たちのクラブに現役のプロバレーボール選手が来て直接指導してもらえる機会があった。しかしとっくの昔にバレーを楽しめなくなっていたが親に辞めるとも言いづらく惰性で続けていた僕は、3年前の自分だったらあんな感じで大興奮してたんだろうな。と歓喜に湧いているチームメイトを眺めながら冷めたことを考えていた。


選手の自己紹介があった後1人1人スパイクを見てもらえることになった。現役のプロ選手に見てもらえるということで当時5年生だった彼も含めてチームメイト全員がいつもより気合に満ちていた。順番にスパイクを打っていき、


「もうちょっと助走をしっかりしたら、君はもっと高く飛べると思うよ」「君はテイクバックをもうちょっと大きくしたら威力が出ると思う」


など各々にあったアドバイスをする選手。そして彼の番が回ってきた。しっかりと助走距離を確保してコーチから上げられるオープントスに合わせて誰よりも高く跳んで腕を振り抜いた。その前に打っていたチームメイトたちが打っていたスパイクと音がまるで違う。ズバンと鈍い音を鳴らしながらボールが相手コートに叩きつけられる。そのスパイクにプロの選手ですら驚きの表情を浮かべ、拍手をした。


「いやー、すごいね君。まさか小学生であんな力強いスパイクを打つ子がいるなんて。今の球、打ったのが強豪校の中学生と言われても不思議じゃないよ。将来は日本代表かな?」


と手放しに褒められる彼。彼に対するアドバイスも


「とても素晴らしいけど、ジャンプのとき体が少し流れているから、下半身を中心に体幹をもっと鍛えるといい。空中姿勢が安定すると、空中での余裕が生まれて取れる選択肢が増える」


明らかにレベルが高い。やっぱり現役プロから見てもあいつは才能があるんだなあ。といつもより更にアンニュイな感じになる僕。そんなことをダラダラと考えていると、ついに僕の番が回って来てしまう。ああ来てしまった。まあとりあえず適当にスパイクを打って適当にアドバイスを貰えばいいや。どうせ今もあいつの方に興味は向いてるだろうし。


そう思いながら助走に入ってコーチからのトスを相手コートに打ち込む。さ、これでアドバイスもらって終わりだと思い選手の方を向くと、ずっとニコニコしていた選手が真顔になって僕の目をしばらく見つめた後、


「ねえ君、今のが君の最高打点?」


手抜いてるのバレた!? 内心、戦々恐々しながら、なんとか上辺を取り繕い返答する。


「は、はい。あれがいつものです」


すると選手は、しばらく考えるような素振りのあと先程までの真顔は何だったのかと思うような笑顔を浮かべ、


「そっかー。ごめんね、変なこと言っちゃって。うん、君は打つコースはとても良いから、次はパワーを着けるために筋トレ頑張るといいと思うよ」


とアドバイスをしてくれる。ちゃんとお礼を告げた後次の人の邪魔にならないように移動しながら、なんとか、誤魔化せたかな? でもあの笑顔はなんか今までと違った気がする。と若干嫌な感じがする僕だった。


その後全員がスパイクを打ち終え、次は先程もらったアドバイスを意識しながらゲームをすることになった。


チーム分けが決まり僕は彼とは敵チームになった。僕のポジションは彼と同じWSウイングスパイカー。最初は後衛レフトからだ。じゃんけんの結果サーブは相手から。しかもいきなりサーバーは彼だった。


小学生ということで体を壊さないためにジャンプサーブは禁止されているが、それでもアンダーサーブの子が多い中で綺麗なフローターサーブを放ってくる彼。


ボールは他の子に比べてレシーブが苦手だったライトの子の方に飛んでいき、アンダーで取ろうとするが、直前でボールが伸びてきてレシーブミス。いきなり彼がサービスエースを取って試合が始まった。


もう一度彼のサーブが打ち込まれる。またもやボールはライトの方に飛んでいく。今度は何とか上げるが、セッターからは程遠いところにボールが上がり、攻撃に繋げることができず相手コートに入れるだけになる。


相手チームがチャンスボールと声を出しAパスを上げ、セッターが彼にオープントスを上げる。彼はゆっくりと助走に入り高く跳んで、スパイクを打ち込む。ボールは誰にも触れられずコートに叩きつけられる。


その後もライトの子がサーブで狙われ続け、いきなり5連続ポイントを取られる。チーム内にいきなり嫌なムードが漂うが、今度のサーブはコントロールを誤ったのかレフトの僕の方に飛んでくる。


別にやる気は無いが、流石に何本もサーブでやられているのは癪に障るので真面目にレシーブをする。変化するサーブを取るコツは、ボールが来るのを待つのではなく自分から迎えにいくイメージでレシーブすることだ。


素早く落下地点に入りオーバーでレシーブする。ボールは綺麗にAパスでセッターに返り、Aクイックで得点を取る。


その後取ってはとられてが続くがやはり彼の有無は大きく次第に点差が離されていく。ようやく彼のサーブを切り、その後は取ってはとられてが続くが、やはり彼の有無は大きく次第に点差が離されていく。


小学生なので21点マッチで行われたこの試合は結局21:15で僕らの負けで終わった。

試合が終わり、タオルで汗を拭いていると何故か選手が僕の方に近づいてくる。


「ナイスゲーム。いいプレイしてたじゃん」


結構大差で負けたのに嫌味か? と思いながら当たり障りのない返事をする。


「……どうもありがとうございます」


「君はレシーブもスパイクも全部上手くて万能型の選手だね」


早く会話を切り上げようとしたが僕の気持ちを分かった上でか知らないが呑気に会話を続けてくる選手。


「ただ器用貧乏なだけですよ。……それに1つ下の彼の方がスパイクはおろか全ての面でも僕より断然上手いですしね」


彼の方を見てつい苦い表情になりながら答える。すると選手は笑いながら、


「確かに彼も相当上手いけど、君だって負けてないんじゃない? 例えば相手がマッチポイントの時彼のスパイクがどこに打ち込まれるか予想して綺麗に上げてたよね? 何であの時君はレフトに打たれると思ったの?」


いきなりどうした? と思いながらその時のプレイを思い出して答える。


「ブロックがクロス側に寄ってて、ストレート側が空いてたからです」


「うん、やっぱりたまたまじゃないんだね。確かに彼もレシーブは上手いけど君みたいにコースを読んだりするのはまだ出来ていないように見えたよ。その点では君の方が総合的に見るとレシーブは上手いんじゃない? それにスパイクだって威力は彼の方が高いけどコースは君の方が厳しいところに打っていたよ」


具体的に褒められて一瞬嬉しい気持ちになるがすぐ冷静に戻る。


「それも、どうせすぐに彼は覚えてどんどん先に行きますよ。凡人が天才と争うのは無理ですよ」


そう、たとえ選手の言う通り現時点で僕の方が上手くところが仮にあったとしても才能があるやつにはすぐに抜かれてしまうのだ。僕はすでにそれを知っている。すると彼は、


「うーん、それはどうだろう? 案外そんなことも無いんじゃない? 小学生でそういう読みをしながらプレイする子はほとんどいないし、スパイクのコースだって彼はまだクロスストレートの打ち分けだけで更に厳しいコースになんていう意識は弱そうだし」


などと宣う。


「だったら教えてあげればいいじゃないですか。彼ならすぐに覚えますよ」


「あはは。今言っても多分意味ないよ。だって彼は今のところそんなこと気にしなくてもスパイクを決められるし、自分のところに来たボールはしっかりレシーブできてる。だから、今言っても、でも俺点取れてるじゃん。ってなるだけだよ」


「天才はそんなこと気にしなくても強いってことですか? 余計ムカつきますね」


つい嫌味っぽく吐き捨ててしまう。すると選手は真剣な顔になり、


「でも、それは今だからだ。中学、高校とレベルが上がるに従い今決まっている攻撃は決まらなくなってくる。彼はその時やっと今言ったことを覚えようとするだろう。

でも君は既に知っている。パワーだけでは点は取れないことを、レシーブの時は味方のブロックの位置、相手の得意な攻撃、視線など多くの情報が役に立つことを。

確かに君が思うように才能の差というのは間違いなく存在する。それが残酷な現実だ。身長、パワー、運動神経。自分ではどうしようもないものがこの世界にはあってそれらは決して平等ではない。でもだからと言ってそれだけで勝負が決まるわけではない。バレーボールはそんなにつまらないスポーツではない。背が低くともパワーが弱かろうとも戦い方は必ずある。大事なのは考え続けることだ。そうすれば凡人でも戦える」


その真剣な語りに適当に聞いていた僕の態度も真剣なものになる。


「諦めるのはまだ早い。君が今日みたいに手を抜かず、真剣に考え続ければ必ず道は開ける」


「あー……やっぱり手抜いてるのバレてましたか。何となくそんな気はしてましたけど」 


「流石に色んな人を見てきてないからねー。それに試合中の君、明らかにジャンプ高かったし。試合、楽しかったんでしょ。バレーなんかと思っていても続けていたら楽しい瞬間は勝手に来ちゃうし、試合に勝ったら嬉しいし、負けたら悔しい。一度バレーの楽しさを知ってしまった人間はもうやめられないと思うよ」


マジか。自分でジャンプが高くなってることに全く気づいてなかった。そうかあの時僕は楽しんでいたのか。今まで気づいてなかったことがすっと腑に落ちる。


「……そうかもしれないですね。バレーを嫌いになったつもりだったけど本当は嫌いになんてなってなかった。だから今日まで辞めずに続けてきたんだ」


あの時親に辞めると言いづらいからなんて考えたのは本当はまだバレーをしたかったからだ。もし本当に嫌いになっていたとしたら親に言いづらいなどと思わずにスパッと辞めていたはずだ。


「でも、何で僕にここまで寄り添ってくれるんですか?」


ふと疑問に思い選手に尋ねる。本来なら僕みたいなやつ普通の小学生無視しても全く問題はないはずだ。すると選手は、


「君が昔の自分と重なったから」


と答えた。家に帰ってからその選手について調べてみたら、


ある雑誌のインタビューで挫折した経験を語っていて、僕と同じように自分よりも才能のある人を見て自暴自棄になっていた時期があったと書いてあった。


それから、考え続けること。そうすれば凡人でも戦えるという言葉は僕の座右の銘となった。



それから6年の月日が経ち、今日は春の高校バレー通称春高の全国出場校を決める県予選決勝。全国に行けるのは僅か1校のみ


「気をつけ、礼!」


お互い挨拶をして試合前の握手をする。


「佐々木先輩。あなたはうちの学校に来るべきだった。そうすれば全国でも活躍できたのにもったいない」


「おい、火神。試合前からもう勝ったつもりか? 確かに3年間お前のトコに阻まれてうちは一回も全国に行けていないが、それは過去の話だ。今日は俺たちが勝つ」


俺が天才と呼ばれることはこれからも無いだろうし、あいつより選手として評価されることも無いのかもしれない。だが、凡人であろうとも考え続ければ必ず道はある!


今日俺は、お前に一矢報いて見せる!!


そんな思いを胸にサーブを構える。


助走は完璧。トスもしっかり上がった。勢いよくジャンプしてボールを相手コートに叩きつける。


「佐々木慧 強豪英明学園からノータッチエーーース!!」


今日勝つのは、俺たちだ!!


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