第58話 容疑者の帰還③
「それで、これをどうなさるおつもりなんですか?」
隼人は皐月を見た。
防犯カメラの映像は全て確認し終えた。
時刻は、午前零時を回っている。
皐月は疲れ切った顔で小さく首を振った。どうすればいいか分からず、周平夫妻と隼人に相談したのだろう。
だが、隼人は答えが一つしかないと考えていた。
「明日、宇佐美さんに見てもらいましょう」
田所が事件か事故に巻き込まれた可能性を指摘しているのは、今のところ宇佐美だけだ。この映像は彼にとって重要な手掛かりになるだろう。
「ダメよ!」
千香子が即座に反対した。
「警察に捕まったら、また省吾は話も聞いてもらえず、ひどい目に遭うよ」
皐月は目を閉じ、こめかみを押さえた。
「隼人くん、宇佐美さんが気に食わないんでしょ? 信用できない人に任せるつもり?」
(誰が、そんなこと言ったんですか!)
千香子の発言を無視して、隼人は続けた。
「——この映像を見れば、田所さんが生きてこの村に入った証拠になります。それに、様子がおかしい。田所さんは、暴行を受けた後かもしれません。すぐに警察に届けるべきです」
省吾を信じたい。だが、この映像は田所の失踪に省吾が関与している可能性を示唆しているように思える。
「やめてください!」
突然、周平が大声を上げた。
大きな背中を丸めた周平は、絞り出すように言う。
「この家で、そんな……暴行だなんて言葉、使わないでください」
リビングが静まり返る中、二階からバタバタと駆け下りる足音がした。
勢いよくドアが開き、この家の一人娘、彩音が飛び込んできた。
彩音は、黒とオレンジの模様のトラがプリントされたロングTシャツを着ている。
「どうしたの、周平くん!」
彩音は目を丸くしてリビングの四人を見回した。千香子がすばやくノートパソコンを閉じる。
「……みんなで何、見てたの?」
「子どもは知らなくていいの! 早く寝なさい!」
千香子の剣幕に、彩音の目がさらに大きくなった。
「うそっ! このメンツでエッチなもん見てんの?!」
「ノンノンノンノン!」千香子が人差し指を振る。
「ビンゴ大会の相談よ。明日から雨だから、今年の夜神楽は中止になりそうなの。代わりに子ども祭りをやるんだけど、景品を相談してたのよ」
「じゃあ、なんで周平くん、怒ってたの?」
「……怒ってないよ」と、周平は赤い顔で答えた。
「隼人くんがお金持ちのくせに寄付を渋ったから、周平くんがビシッと説教してたの」
彩音は後ろから隼人の肩に手を置き、頭を下げた。
「隼人さん! 貧乏な村に、どうかご寄付をお願いします!」
「はいはい」と隼人が笑って答える。
「やったあ!」
彩音はガッツポーズを決め、部屋から出ていった。
再び、部屋は重い空気に包まれる。
「——一晩、考えさせて頂戴」
皐月が、ようやく口を開いた。
「遅くにごめんなさいね」
深く頭を下げる皐月に、千香子がそっと肩をさすった。
「生きてたんだよ、省吾……」
千香子の声は震えている。
「……生きてるんだから、なんとかなるよ」
皐月は小さくうなずいた。静かに立ち上がったその目は真っ赤だった。俯き加減のままドアに向かう。
「周平くん、車!」
「はいっ!」
周平も立ち上がり、皐月の後に続く。二人の足音が遠ざかる。玄関の扉がゆっくりと開き、そして閉じる音がした。
その音が合図かのように、千香子は隼人に向き直った。
真剣な表情で隼人を見つめる。
「隼人くん、動くよ」
「はい?」
「二人で、省吾を助けるの!」
「……はあ」
「あたしたちには責任があるでしょ!」
「どういう意味です?」
「二十年前。あたしは意地を張ってバスに乗らなかった。隼人くんは、省吾に子どもを助けに行かせた」
隼人は痛いところを突かれた。
「まずは省吾を探すよ。警官の格好で村を出た理由があるはず。八王子に行った後の足取りを追うからね」
「……どうやって?」
「隼人くん、億万長者でしょ? 人脈ないの?」
「——千香子さんが頼んだ溝端探偵事務所はどうです? また依頼しましょう。費用は私が持ちます。祖母が頼んだ件も聞いて下さい。田所さんを恨んで怪文書を書いた女性の正体が知りたい」
「了解! 任せて! 隼人くんは、何をするの?」
「私は明日、槐善之さんに会います。孫の窮地を皐月さんにばかり追わせるのは気の毒だ。善之さんに、省吾さんが村に戻ったことを伝えます」
「善之さん、体が悪いんでしょ? ショックな話して、大丈夫?」
隼人は千香子をじっと見つめた。
その瞳は生き生きと明るい。
周平の言う通りだ。この家に槐一族が背負うどす黒い話は似合わない。
「……言葉は慎重に選びます」
皐月がこの家に特別目をかける理由も、ここが彼女にとって居心地の良い場所だからだろう。
「隼人くん、さっきの話、本当なの」
「さっきの話?」
「ビンゴ大会の景品」
千香子が両手を合わせて頭を下げる。
「お願い、少しだけ寄付して!」
隼人は笑いながら答えた。
「分かりました。一等はテスラ車ということで」
「それ、やりすぎ!」
千香子も笑った。
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