第57話 容疑者の帰還②

 パソコンの画面には、暗闇の中、一人の男が立っていた。

 短い髪、ジーンズにジャンパー姿。

 手には紙袋を下げている。


 男はしばらく立ち尽くした後、一礼してその場を離れていった。


「——省吾よ。間違いないわ」


 皐月が疲れた表情で隼人を見た。

 皐月は一人掛けのローソファーに腰掛けている。

 ソファーには黄色いクマのプリントが施されたカバーがかけられていた。

 その柄が場違いなほど、部屋の空気は重い。


 隼人は、同じ柄のカバーがかけられた二人掛けのローソファーに座り、隣にいる千香子を見た。


「千香子さんも、そう思いますか?」


 床に座り、パソコンを操作していた周平が、ちらりと隼人を見た。

 千香子は、ぼんやりした表情でうなずく。


「……省吾だよ……すごく、痩せちゃってるけど」


「時刻は今日の午前二時半ですか——」と隼人は考え込みながら言った。「周平さん、その先をもう一度、見せて下さい。田所さんと男が写っているところからお願いします」


 周平は無言でパソコンを操作した。


 画面には車が一台近づいてくる様子が映し出された。

 車は停まり、運転手の男が降りてくる。

 キャップを被り、その上からフードを被り、大きなマスクで顔を覆っているため、素顔は分からない。


 男は後部座席から別の男を引きずり出した。

 おぼつかない足取りのその男は、フードを被った男に担ぎ込まれる格好でカメラに近づいてくる。


「止めて下さい」


 隼人の声に、周平は映像を一時停止した。


「——田所さんですね」と隼人は画面を凝視した。


 二十年前を最後に省吾と顔を合わせていない隼人だが、田所の顔は見間違えようがない。


「めっちゃ、酔っ払ってんじゃん」と千香子が冷たく言った。


「このままスロー再生して下さい」と隼人は食い入るように画面を見つめる。


 画面の中の田所は、男の腕から逃げようと体を捩じっていた。何かを拒むような仕草にも見える。

 フードの男は再び田所を歩かせると後部座席に押し込み、車を発進させた——来た方向とは逆、村の中心へ向かって。


 省吾らしき男も、田所を乗せた車も、八王子方面から村に入り、駐在所へと向かって、消えた。


 隼人は考え込んだ。

 いったい、どういうことだ?


「——帰ってきたなら、どうして、あの子、家に入らなかったのかしら」

 皐月が小さな声で呟いた。


「皐月さんたちに、色々迷惑かけたから、入りづらかったんだよ」と千香子。「お父さん殺した犯人、まだ捕まってないし、省吾のこと疑ってる刑事もいるんでしょ? バカみたい!」


 テーブルの上に置かれていたカップを周平がお盆に載せる。お盆にも黄色のクマの柄が描かれてあった。


「熱いの入れ直します」

 そう言って周平は、お盆を持ってオープンキッチンの中に入った。


「省吾さんは、まだこの村にいると思いますか?」

 隼人は皐月に問いかけた。


 皐月はゆっくり首を振った。

 千香子は、皐月を一瞥すると、何も言わない皐月の代わりに話し始めた。


「……向こうの、駐車場の防犯カメラも確認したけど、省吾、写ってなかった……」


 隼人は眉を寄せた。

 まだ省吾は村にいるのか。それとも——。

 その疑問を口にしたのは、皐月だった。


「隼人さん。今朝、あなたが見た自転車の男は、省吾ではなかったの?」


 新しいお茶を持って戻ってきた周平も、カップを配りながら隼人を見た。

 この家には湯呑みがないのか、色とりどりのマグカップに緑茶が入っている。


 隼人は朝の光景を思い出す。

 あの男――警官の服を来て自転車で走り去った男。

 あれは省吾だったのだろうか?

 隼人に判別はつかなかった。


 だがもしそうなら、男が三人村に入り、一人は車で去り、もう一人は自転車で去ったことになる。

 残る一人——田所は、どこに消えた?


 隼人は眉をひそめる。


 宇佐美の疑惑通りなのか?

 田所は遺体となってこの村に残されているのか?


 

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