第50話 恋なんてするもんじゃない⑩
面倒に思えることや、気が進まないことほど、真っ先に片付ける。
それが隼人の信条だった。
コンフォートゾーンを抜け出し、困難に挑むことこそが、自己成長の基本ではないか——そう信じてきた。
宇佐美に夕食を届け、駐在所を掃除した時の話をする。ただそれだけのことだ。
怖気づく必要など何もない。
隼人は意を決して、重箱が包まれた風呂敷の結び目を握り、立ち上がった。
だが、すぐにまた重箱を置く。
(……話す内容をまとめてから、行くか……)
逃げているわけではない、と自分に言い聞かせながら、隼人は寝室に向かい雑記帳を開いた。
掃除前の駐在所の様子を思い出し、細かくメモを取る。
漏れはないか考えながら、駐在所での発見を順序立てて整理した。
(他に話すべきことは……)
頭を巡らせた時、ふと思い出す。
(——お堂だ!)
宇佐美が神社にあるお堂について訊いてきた。
『林の中に建っているらしいんです。ご存知ありませんか』
その時の宇佐美の顔が蘇る。
好奇心に目を輝かせた、まるで子どものような表情——。
頭に再び邪念が湧き起こる。
隼人はそれを振り払うように、勢いよく立ち上がった。
まとめた荷物から書類入れを取り出す。
(——確か、地図があったはずだ)
秋子は手紙やアルバムといったものをほとんど処分していた。
残された者が困らないための配慮だろう。
しかし、電動ベッドを片付ける際に見つけた書類入れだけは違った。
中には雑誌の切り抜きや料理のレシピなど、ささやかな日常が詰まっていた。
隼人にとっては貴重な遺品であり、そのまま取っておくことにしたのだ。
書類入れを探ると、目当てのものが見つかった。
秋子が手書きで描いた蛇神村の地図。
抜き出した地図を広げると、二つ折りにしていた間に何かが挟まっていた。
——領収書だった。
金額に目が留まる。百二十万円。
だがそれ以上に、宛名に目を見張る。
『須田千香子』
近所に住む周平の妻の名前だ。
(なぜ千香子さん宛ての領収書を、祖母が持っていたんだ……?)
説明はつくかもしれない。
秋子と千香子は蛇神村の観光マップ作りに関わっていた。
この地図もそのためのものだろう。
千香子が描いたヘビのイラストが観光マップに採用されたと聞いたこともある。
この領収書も印刷代などに関するものかもしれない。
それでも気になり、領収証の発行元『オフイス溝端』をスマホで検索してみた。
だが何も出てこない。
住所を調べても該当なし。
隼人は秘書に電話をかけた。
「東京の神田にある『オフイス溝端』を調べてくれ。検索しても出てこないんだ」
電話を切ると、隼人は秋子が書いた地図に目を落とした。
だが、そこには宇佐美が言っていたお堂の記載はなかった。
(……行ってみるか)
隼人は立ち上がった。
宇佐美が言う「林の中のお堂」が本当にあるのかどうか。
それを確かめるために、蛇面神社へと向かった。
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