第40話 蛇男を探せ⑥

「——一昨日、田所と、その……蛇男の様子に、普段と変わったところはなかったかな?」

 石黒が優しい声で、ルナとユウナに尋ねる。

 

 宇佐美は早くこの店を出たかった。

 ここを出てすぐに蛇神村に戻りたい。

 駐在所の通用口に落ちていた蛇の面は、何らかの宗教的意味があるのではと宇佐美は考えていたが、あれは犯人の物かもしれない。

 もし田所の遺体を運ぶ際に落としたものなら、早く回収しなければならない。


「正志は、ご機嫌だったよ」

 ユウナが答える。

「東京から偉い人が来て、自分が面倒を見るって言ってたよ。歓迎会の準備があるからって、時間前に出たのに、チップくれた」


「その偉い人の歓迎会は——」

 石黒は宇佐美をチラリと見た。「どこでやるって言ってた?」


「村長の家」


「ヘビは」

 ルナが思い出すような顔をした。

「電話してた。『もうすぐ田所と出るから、車を頼む』って……あいつが、スマホ持ってんの初めて見た」


「相手は、どんな——電話の相手と蛇男は、どんな関係だと思った? 友人とか、仕事仲間とか——」


「部下だよ」

 石黒の問いにルナは即答した。

「偉そうに命令してる感じだった。たまにいるんだよ。賢者になると、職場では地位のある人間だって思わせたいのか、忙しそうに部下に電話かける奴——電話してるフリだけかもしれないけど」


「ルナさんは、蛇男は何の仕事していると思う?」


「警官でしょ?」

 ルナは、何でそんなこと訊くんだという風に眉を寄せた。

「正志が連れてくるの、みんな延寿署の人だよ。あいつ、私のこと、自分の女みたいに紹介してさ、全員に私を相手させんの、マジでキモいオヤジだよ」


「ルナさん。もしその男が捕まったら、声を確認してもらえるかな」


「いやだ! 警官の不祥事の証言なんかしたら消されるじゃん。『歌姫』にいた子、まだ行方不明だし」


 何があったのかと石黒が訊いても、ルナは腕を組んだまま、顔を強張らせて答えなかった。


「——正志と、もめた子がいたみたい」

 ユウナが代わりに口を開いた。

「その子、昔、正志に気に入られて、変なパーティーに雇われたんだって。有名人とか、政治家の相手して、めっちゃいいお金になったらしいけど……中出しされて、子どもデキちゃって、堕ろすお金、正志に請求したんだよ……でも無視されて……そのうちいなくなっちゃったみたい……あたしたち、『歌姫』のママから大丈夫な人たちだって言われたから、ここでは話すけど、外では絶対、証言しないよ」


「お二人の身元が知られないように全力を尽くしますから、考えておいて下さい」

 宇佐美は立ち上がり、石黒に目配せした。「石黒さん、急ぎましょう」


 宇佐美たちは、二人に礼を言って部屋を出た。

 廊下を急ぎ足で通り抜ける。


「石黒さんは、もう一度あのビデオを確認して下さい。例の男が写っているかもしれません」


 石黒は舌打ちした。「スロー再生して、色付きちんこを探すのか——お前も来い、観たがってたろ」


「僕は蛇神村に戻ります。駐在所にある蛇のお面を急いで押収しないと……もしあれが犯人のものなら、奪いにやって来ますよ」


「そいつがなきゃあ、何もデキないってなら、蛇野郎、必死でやって来るな」


 もう遅いかもしれない——。

 いま村にいる延寿署の人間の中に犯人がいたら、すでに蛇の面はその者の手に渡っているだろう。


「警視庁に応援を頼みます」

「県警本部からにしろ」

「今後、あの村の捜査は僕が指揮を取ります」


 石黒はムスッとした顔で黙った。


「石黒さんは田所さんの交友関係を洗い直して下さい。みなさんごのようですからね。あの夜、田所さんと一緒にいた者、車で迎えに来た者に、心当たりがあるかもしれません」




 深夜近くになっても雨の勢いは衰えない。

 水無瀬との電話もつながらない。

 嫌な胸騒ぎがした。


 前を走る乗用車はノロノロ運転だ。

 大雨だからしかたがないが、宇佐美は焦った。

 蛇神村に入る地図にはない道はもうそろそろだと、目を凝らしながら車を走らせる。

 後ろを走るライトバンが、やけに車間をつめてくるのに気づいた。

 脇に寄せてやり過ごそうとウインカーを出した途端――。

 前の車が急ブレーキをかけた。

 宇佐美もブレーキをかけたが、車はスリップして、横滑り。

 そこに後ろの車が接触した。


 前を走っていた車から、男が一人やってくる。

 後ろの車からも数人——。


 宇佐美はげんなりしてきた。

 本当に長い夜になりそうだ。




 



 

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