第28話 化け物の正体⑦
「二十年前の駐在たちを調べろって、なんだ? 理由を言えよ」
石黒は腕を組み、宇佐美を睨みつけた。
「田所さんの失踪と関係あるのか?」
「わかりません」
「おまえは田所さんが何か重大な犯罪を犯したと考えてるのかもしれないが、あの人はそんな大それた事をするような人じゃないぞ。俺だって人を見る目はある。そりゃあ頭は良くない。分かるだろ? あの年で巡査長だ。一度も昇任試験を通っていない。だが周りが出世していくのに腐ることなく、率先して祝いの席を企画するような人だ。後輩からも慕われている。警察官が安心して飲める場所なんて少ないだろ? 田所さんは若いもんに男の遊び場を紹介して、そこでグチをきいても絶対外に漏らさなかったそうだ——」
石黒は少し間を置き、声を落とした。
「そりゃあ今回の表彰はイレギュラーだ。田所さんを俺達の計画に巻き込んじまった。だがな、ああいう人に光を当ててもいいんじゃないかと、俺は思ったよ……それが結果的に、こんな事になったのかもしれんが……」
「二十年前この村で、六歳の子どもが崖から落とされそうになりました」
宇佐美が言うと、石黒は眉を寄せて顔を上げた。
「神社の裏にある『あねさんころがし』と呼ばれる崖です。落ちればまず即死、川の流れが激しく、遺体を見つけるのも困難です」
「……その犯人が田所さんだというのか」
「いいえ。田所さんは迷子になったその子を探していたそうです——ただ僕も彼から話を聞いただけなので、真実かどうか分かりません」
「その子どもと知り合いなのか?」
「はい(あなたもよく知っている人です)。その子を助けた高校生が、男のことを『チュウザイサン』と呼んだらしいんです」
石黒は嫌な顔をした。
「親は通報しなかったのか?」
「その子、事件の後で熱を出してしばらく寝込んだそうです。熱が下がったら蛇神村に行ったことも忘れていて、思い出したのは最近なんですよ」
「おまえ、その男を探す気なのか? その子を助けた高校生はどうしたんだ?」
「先週鹿児島の刑務所を出てから行方が分かりません。この村のどこかにいるのかもしれません」
「はああ?」
「そうなんです。その子どもを助けたのは、槐省吾さんなんです。
僕、考えたんですが、高校生の省吾さんは子どもを助けて親に返した後、自分の親か田所さんに、その男の事を話したと思うんです。ただ、子どもの親が何も言ってこなかったので、仲間に優しい田所さんは、表沙汰にしなかったんじゃないでしょうか?」
腕を組みながら石黒が唸った。
「あるいは、その男が田所さんより前にこの村にいた駐在だとしたら——省吾さんにとっては、子どもの時に慣れ親しんだ『駐在さん』だったのかもしれません。そうなると、その男は田所さんより先輩だったり、階級が上だった可能性もあります。そのせいで田所さんは口を閉ざしたとも考えられます」
「……秋子さんの所に来た怪文書は、その件を告発していたと思うか?」
「わかりませんが、僕はその男を探し出しますよ。子どもを崖から落とそうとする人が、まだ警官だったら気持ち悪いですから」
わかった、と石黒は険しい表情で立ち上がった。
「……署に戻って、調べてくる。野崎さんにも連絡を取らないとな」
宇佐美も立ち上がった。
「僕はここを閉めて水無瀬さんの所に行ってきます。秋子さんに届いた怪文書の事、何か聞いてるかもしれません」
「閉めるって、おまえ、ここ個人商店じゃないんだぞ」
「パトロール中の札をかけておきます。借りている机に、誰のものかわからないビデオテープが入っていたので、早く返したいんです」
「男が一人でいたら寂しいだろって、親切な人がエロいの入れてくれたんじゃないのか?」
軽口を叩き、出て行く石黒の後ろ姿は、疲れて見えた。
田所の安否だけでなく、署内の不祥事の捜査まで始めなければならないのだ、気落ちするのも無理はない。
二階に上がりながら、宇佐美は皐月に重箱を返しに寄ろうと考えた。
九我の話を皐月にすれば、槐省吾に会わせてもらえるかもしれない。
彼に会えれば『チュウザイサン』が誰だったのか、すぐに解明できるだろう。
襖を開けて部屋に入った宇佐美はすぐに違和感を覚えた。
鳥肌が立つ。
急いで窓に走り寄り、大声で石黒を呼んだ。
「石黒さん! 来て下さい!」
外を歩いていた石黒は、走って駐在所に戻ってきた。
「どうした!」
宇佐美は階段から手招きしながら言った。
「一緒に見て下さい。誰かが上の部屋に入りました」
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