第27話 化け物の正体⑥

 宇佐美が渡されたのは、石黒宛の手紙だった。

 文字は上手いとは言えないが、一字一字丁寧に書かれている。

 差出人は野崎正子。


「野崎さんは住み込みで秋子さんを世話していた介護士だ。秋子さんの葬儀の後は実家の新潟にいる」


 そうですかと、宇佐美は便箋を開いた。

 何度も書き直したのか、下書きの跡がうすく残っている。それを覆うようにボールペンで清書されていた。


『若葉のさわやかな季節となりました。

 私が延寿署に相談に伺ってから、二週間以上が過ぎましたが、その後、捜査に進展はございましたでしょうか。

 村を離れる前に、石黒様と直接お会いすることができなかったことを、いまでも悔やんでおります。

 あの手紙が届かなければ、秋子さんの最期はもっと穏やかなものだったと信じています。

 私もまた不注意を疑われて、悔しい気持ちでいっぱいです。

 お忙しいところとは存じますが、どうか捜査状況についてお知らせいただけませんでしょうか』


 手紙を読み終えた宇佐美は、石黒を見た。


「——俺達の計画が、まずい事態を引き起こしたのかもしれん」


「計画? 何の話です?」


「おまえをここで研修させるために、田所さんに感謝状を贈ったことだ」


「……何か、ありましたか(たちって言わないで下さい! 九我さんと石黒さんが勝手に計画したんでしょ! 僕は巻き込まれただけです!)」

 宇佐美の胸に愚痴が湧き上がるが、顔には出さない。


「田所さんの表彰が決まると、秋子さんは自分のブログにその事を書いたんだ。村にとっても喜ばしいことだからな。だがその後すぐ、秋子さんの家に怪文書が届いたらしい。内容は、田所さんが過去に犯した犯罪を告発するようなものだったようだ——」


「田所さんは、何をしたんです?」

 過去の犯罪と聞き、宇佐美はつい身を乗り出したが、石黒は首を振った。


「それが消えちまったんだ。秋子さんに代わって野崎さんが延寿署に相談に来たとき、カバンに入れてたはずの怪文書が、どこにも見当たらなかったらしい。野崎さんは『身内の不祥事隠しに警察署の誰かが盗んだ』と騒ぎ立ててな——最初は、生活安全課が対応してたんだが、騒ぎが大きくなって地域課の簗取やなとりも加わって、なんとか彼女をなだめたらしい」


「野崎さんが知りたがっている捜査状況というのは、署内でなくなった怪文書の件なんですね」


「署内でなくなったのかどうか、分からないだろ」

 石黒は嫌な顔をした。

「村から出る時に持ってくるのを忘れた可能性もある。怪文書は他にも来てる。田所さんの家には、奥さん宛に『お前の旦那は悪徳警官だ。表彰されるような奴じゃない。辞退させろ』ってハガキが来た。そっちはブツが残ってる」


「田所さんは怪文書について、何か言っていましたか?」


「俺は直接聞いていないが、『自分より真面目にコツコツやってる警官も多いから、やっかみだろう』と話していたそうだ。気にしている様子はなかったらしい」


「田所さんの昔の犯罪というのが気になります。具体的な内容や年数は書いていなかったんですか?」

 宇佐美の脳裏には、二十年前、九我が殺されかけた事件がちらついていた。


「わからん。野崎さんは興奮して、詳しい内容を警官に話さなくなったらしい」


「なるほど」

 これが石黒の『ポカ』かと、宇佐美は無表情で、石黒を見つめた。

「延寿署の人間はみんな田所さんの仲間ですが、警察庁から来たばかりの一課長なら信用できると思って、野崎さんは石黒さんを頼ったんですね」


 石黒は、ムッとした顔で、自分がむいた栗を口に放り込んだ。

「……うるさそうなオバさんは、パスしたかったんだよ」


「野崎さんと連絡して、怪文書の内容を詳しく聞き出して下さい」


「……そのつもりだ」


「石黒さん」


 宇佐美の真剣な口調に、石黒は顔を上げた。


「延寿署の管轄には、蛇神村を入れて駐在所が四つありますよね? 二十年前に四つの駐在所に勤務していた警官を調べて下さい」


「なんだ、それ。ここもか? 村の駐在は二十年前も田所さんだろ」


「そうですが、念のため記録が見たいんです。あっ、こっそりやって下さいよ。署内の誰にも知られないようにして下さい」


「おまえ、一体、何を考えてるんだ」


 何を考えているか——。

 宇佐美が今考えているのは、槐省吾えんじゅしょうごが『チュウザイサン』と呼んだ男が、二十年経った今もまだ警察官でいるとすれば、いったいどこにいて、どんな地位についているのかということだ。



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