第26話 化け物の正体⑤
「土産だ」
石黒は駐在所に入ると、宇佐美の前に甘栗の袋を置いた。
「——懐かしいですね。むいてある栗は、よく見ますが」
今、蛇神村駐在所には宇佐美と石黒の二人だけ。
外では、石黒が連れてきた延寿署捜査一課の刑事たちが聞き込みを続けている。
叱責されるかと思ったが、石黒は何も言わなかった。太い指で器用に栗をむきながら、どこか間の抜けた調子で会話を始めた。
「俺、こっちの方が好きなんだ」
「そうですか」
「うまくむけると、気分がいいからな」
「わかります。薄い皮が残ると、ちょっとがっかりしますよね」
「むいてやるから、おまえは食べるの専門でいいぞ」
宇佐美は椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。
「この度は連絡を怠り、申し訳ありませんでした」
拳銃は保管庫にあった。
しかし田所巡査長は未だ行方不明。
一昨日、一緒に飲んだ仲間に事情を聴いても、誰も田所を村に送った覚えがないという。
「座れよ。俺もポカをやった」
宇佐美は再び腰を下ろした。
石黒の「ポカ」とは何だろうか――と、次の言葉を待った。
「おまえ、田所さんは、もう生きてないと思うのか?」
「……確証はありませんが、おそらく」
「酔った田所さんを運んできた男が、犯人か」
「他にも共犯者がいると思います。一昨日の夜、ここに運ばれてきた田所さんは本当に泥酔していたのかもしれませんし、すでに亡くなっていた可能性もあります。田所さんを運んできた男はそのまま車で『
石黒は軽くうなずくと、黙って下を向き、プチプチと栗をむき続けた。
「奥さんの栞里さんは、昨日何をしていたんです?」
「旦那を探しに延寿駅前の交番で青木に会った後、八王子のスナックのママのところに怒鳴り込みに行ってる。そのママ、田所さんの愛人だったようだ。その後、やけ酒を飲んで車を運転出来なくなり、スーパー銭湯で夜を明かしたそうだ。今は延寿署で取り調べを受けている」
「田所さんが帰ってこなかった夜について、何か言っていますか」
「よくあることだから気にならなかった、と言っている——おまえ、奥さんを疑ってるのか?」
「鉄則ですよね」
「まあ、そうだな」
宇佐美は続けた。
「橋を渡った駐車場には防犯カメラが設置されていましたが、八王子へ抜ける道にはどうですか?」
「あった。あそこは槐家の私道だ。カメラがいくつも設置されていた」
「じゃあ——」
「ダミーだそうだ。何も撮っていないと言われた」
「信じられません。皐月さんらしくない」
「警察に嘘をつく理由はなんだ」
「孫が村に入る様子が写っているのでは?」
「槐省吾か……」
石黒はフンと鼻を鳴らした。
「俺はどうも気に入らねえ、警視庁の手伝いなんてアホらしくってやってらんない。槐省吾が俺の目の前歩いてたって、手を振ってスルーしてやる! なんで九我さんがこんな仕事引き受けたのか分からん!」
「……きっと何か、お考えがあるのでしょう」
蛇神村の夜神楽での件がなければ、九我はこの話に関わらなかったはずだ。
「もっと上からの指示があったのかもな」
「と、いいますと?」
「どっか地方の署長になるより、東京でいいポストが欲しいお方がいるんだろうよ」
「……なくもない話ですね」
「水無瀬の方は、どうだ」
「親切な方ですよ。この駐在所の掃除も彼がやったようです――徹底的にきれいにされていました」
「なんであいつが? 証拠隠滅か?」
「僕もそう思いました。何かを白状したがっているようにも見えますし——東京に戻ったら食事に行こうと誘われました」
「懐柔作戦か。気をつけろよ。おまえのこと調べ上げて、好みの女連れてくるぞ。ズブズブの関係になったところで脅迫だ。あいつ金あるんだろ?」
「そうみたいですね」
「本物のモデルとかタレント使うかもな」
「僕、特に好きなタレントがいないので、どんな女性を紹介していただけるのか、楽しみです。こんな女性と相性がいいと分析されて、驚かされるかもしれませんね」
「マッチングアプリでもありそうだな。相性90%とか診断されて、会ってみたら、一ミリも好きになれないとか」
「ええ。僕の両親は見合い結婚なんですが、母はいくつかの縁談の中から姓名判断や生年月日占いで相性が一番いい人を選んだんです。でも会ってみたら全く好きになれなかったそうです。当時母は職場の上司と付き合っていましたが、仕事を辞めたくなくて、その人との結婚は考えていなかったそうです」
「で、どうしたんだ――いや、おまえがいるんだから見合い相手と結婚したんだよな」
「そうです。親たちは乗り気だし、見合い相手の男性からも気に入られたので、母は近くに住む有名な霊媒師に相談に行きました」
「まさか、例のあの人か?」
「そうです。例の
「結婚後は、うまくいったんだろ?」
「そうでもなかったみたいです。母は長いこと、父を好きになれなかったようですが、『天が与えた試練』だと耐えたそうです」
「おいおい、おまえの親父、かわいそうだろ。今はどうなんだ? 円満なのか?」
「はい。僕がお腹にいる時から気持ちが変わり始めたそうで、今では父と結婚して良かったと、お酒が入るたびに言っています」
「よかった! 俺、ハッピーエンドじゃなかったら映画もドラマも絶対見ないんだ。胸糞な結末だったら、時間を返せって文句言いたくなる」
「母は今では『どうせ男なんてみんな五十歩百歩なんだから、エゴを優先せず信頼できる他人の意見に耳を傾けるべきだ』と言っています」
「なんでもいいけど、とにかくお前、親父を大事にしてやれよ」
むく栗が、底を尽きた。
石黒は立ち上がり、殻をゴミ箱に捨て始める。その仕草を見て、宇佐美はようやく話を切り出すタイミングだと判断した。
「石黒さん、さっき『ポカをやった』と言いましたが、どういうことです?」
「——亡くなった水無瀬のばあさんのことだ」
「秋子さんですか?」
「あの人、ネットにブログ記事を上げてたんだ」
「『アカシア日記』ですね。僕も読みました」
石黒は懐から一通の封書を取り出し、机に置いた。
「これ、見てくれ」
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