第29話 化け物の正体⑧

 宇佐美は石黒を急いで呼び戻し、二階に上げた。


 狭い階段を駆け上がった石黒は、部屋の前で足を止め、中を覗き込むと目を丸くした。

「……根こそぎ持ってかれたのか?」


 石黒は家具の少なさに驚いたようだ。

 部屋は小ぶりな文机、畳んだ布団一式、いくつかの服がかかったパイプハンガーしかない。


「いえ、盗られた物はありません」

 宇佐美は周囲をゆっくり見回した。

「でも、誰かがここに入ったのは間違いありません」

 最後にこの部屋に入った時と何かが違う。

 だが、それが何なのか分からない。

 

「これ、なんだ?」

 石黒は部屋の奥に掛けてある蛇の面を手に取った。そのまま顔につけて、面紐を結ぶ。


「石黒さん、それ呪いの面です。一度つけると顔から取れなくなりますよ」


 宇佐美が言うと、石黒はふざけて、両手で面をを抑えながら苦しがる声を上げてうずくまった。


「うおーっ! 顔があっ!」


「田所さんが大事にされていた物のようですから、元に戻して下さい」


 石黒は蛇面を元の場所にかけると、すぐ下の窓を開けた。


――今朝六時にこの部屋に入った時は何の異常もなかった。

 その後、隼人の家でシャワーを借り、戻ってきたのは八時前。

 その二時間足らずの間に、誰かが無断でこの部屋に入ったことになる——。


「盗られたものがないなら、気のせいじゃないのか?」

 石黒は窓から身を乗り出し、外を確認しながら言った。


「僕、子どもの時、カウンセラーから接触嫌悪症と診断されたことがあります。自分の身体に触れられるだけでなく、部屋に入られるのも嫌でした。父が黙って僕の部屋に入って定規を使って戻した時も、すぐに分かりました。父を問い詰めて白状させたんです」


「頼むから、親父さんに優しくしてやってくれ」


「自分から相手に話しかけたり、握手を求めていくことで克服していきましたが、今でも自分の部屋に断りなく入られるのが苦手なんです」


「そうか。人間いろいろあるよな」

 外を確認していた石黒は、再び部屋に戻る。

「外からはしごをかけりゃあ簡単だが、鍵がかかってたら入れないしな……やっぱ気のせいじゃないか? 盗られたもんがないなら——」


 宇佐美と石黒は顔を見合わせ、同時にハッとなった。


 ——盗聴器!!


 二人は無言で部屋の隅々を調べ始めた。




 狭い部屋だ。捜索はすぐに終わった。


「何もなかったな」

 石黒は部屋の中央であぐらをかいた。

「盗られたもんはない、置いてったもんもない。そいつは、何しにここに来たんだ?」


 腰窓に座った宇佐美は、部屋の奥にある蛇面を見つめる。

「——お面を磨きにきたのかもしれません」


「はああ?」

 石黒も体をねじり、蛇面を見上げる。

「あれか?」


「田所さんが何か特殊な宗教に入っていたという話は、聞きませんでしたか?」


「なんだそれ? 聞いてないぞ」

 気味悪そうに石黒は顔をしかめた。


「この部屋は全く使われてなかったと、水無瀬さんは言っていました。雨戸は閉められ、電球もついていなかったそうです。でも、あのお面だけはきれいで、埃一つなかったそうです」


「どういうことだ?」


「田所さんは、日も差さない真っ暗な部屋に、蛇のお面だけを掛け、それを丁寧に拭いていたんでしょうね」


「……それ、なんて宗教だ?」


 さあと、宇佐美は首をかしげた。


「この村独自の教えかもしれません」

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