第20話 あねさんころがし⑤
幸吉を見送り、宇佐美は再び駐在所に戻った。
引き戸に手をかけながら、隣の沢木の家を見る。
沢木の家は真っ暗で静まり返っていた。
駐在所の前で幸吉と話していても、沢木は起きてこなかった。
幸吉の言う通り、沢木は車や自転車の音だけに敏感なのかもしれない。
昼間、沢木から店番を頼まれた際、宇佐美は商品を整えながら、何か怪しい点はないか探った。
さすがに住居部分までは立ち入らなかったが、店先からのぞける和室に仏壇があるのを見た。
仏壇には、沢木の連れ合いらしき年配の女性と、高校生ぐらいの少女の写真が飾られていた。
宇佐美は店から二つの遺影に向かって手を合わせた。
布団に入っても、頭が冴えて眠れそうになかった。
こういう時は、無理に眠ろうとしても無駄だ。
あと数時間で明るくなるだろう。
宇佐美は何も考えず、ただ横になり、夜をやり過ごすことにした。
眠れないと諦めていたのに、夢を見た。
冷たく暗い川に足首まで浸かりながら、ああ自分は眠れたのかと少し安堵した。
水かさが増してきても、しょせん夢だと高を括っていた。
慌てたのは、流される子どもを見た時だ。
子どもは恐怖に顔を引き攣らせ、宇佐美に手を伸ばしてくる。
助けようと手を伸ばそうとしたが、宇佐美は身動きが出来なかった。
首、腕、腰——全身に無数の蛇が巻き付いている。
冷たくぬめった、思い感触が肌にまとわりつく。
「やめろ!」
心の中で叫ぶも声にならない。
もがけばもがくほど蛇は強い力でしめ付けてきた。
蛇に巻き付かれた腕が、鋭い痛みとともに千切れる。
助けを求める子どもの姿も遠ざかり、やがて暗い川の中に沈んでいった。
——正語さん、行かないで!
九我の名を呼ぶ自分の声で、宇佐美は目を覚ました。
汗で張り付いたシャツが、ひやりと冷たい。
着替えようと起き上がり、明かりをつけると、隣の部屋の暗がりから、蛇の面がじっとこちらを見ていた。
蛇面に宿る、なにか得体のしれない力を感じる。
時計がパタリと音を立てた。
四時二十七分。
横に並ぶ三つの数字に、宇佐美はクスリと笑った。
——
素早く服に着替えた。
秋子の地図を手に取り、階下に降りて駐在所を出る。
『
明るくなるのを待つ必要はない。
夜明け前の最も暗い時間。
宇佐美は蛇面神社へと続く石段を上った。
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